天気は、静かに降る雨だった。地面の濡れる色を見詰めながら、は縁側に出て、障子を背に、体育座りをしていた。
少しくらい、雨に濡れるのは気にならなかった。
「、殿」
躊躇いがちに部屋の中からかかった声。待ちわびていた、声だ。けれど、素直に返事は出来ない。
「風邪をひいては大変ですぞ」
殿。諭すような優しい声で、再び名前を呼ばれる。
「大丈夫です、風邪ぐらい」
「、殿・・・?」
あなたの怪我と比べれば。そう言うと、後ろで息を飲む気配を感じた。
すると彼は、にゆっくりと近づき、前へとまわりこむ。そしてすとんと、彼女の正面で屈んだ。
まるで雨からかばうようで、余計に堪らなくなる。
「なにを、そんなに殿は・・・殿!?」
怒っておられるのだ、とか拗ねて、とか。言葉の続きを予想していたは、驚く彼を不思議に思った。何をそんなに、と目線を合わせると、彼の顔は少し青ざめている。何、どうしたの。と、わざと煩わしげに聞けば、戸惑いながらも目端に手をあてられた。
「・・・泣いて、おられる」
ぽつりと、聞こえるか聞こえないか、本当に小さな声だった。泣いて?うわ、気付かなかった。泣くことに気付かない、というのは本当にあるのかと、は妙に感心する。
ぐいぐいと目をこすり、幸村をにらみつけた。
「理由、ぐらい、分かっているでしょう?」
「う・・・すまぬ、殿」
目端にあった手は、彼自身の膝上に移動した。困った顔、というか本当に犬が尻尾と耳を下げてしょんぼり、としたような顔をされて。
・・・そんな顔されても困る、とは思う。今回ばかりはどうにも譲れない。
「毎回毎回、怪我して帰って。それが幸村さんの仕事だから、分かってるけど」
「う、うむ・・・」
「帰ったと思ったら大怪我の瀕死で!」「返す、言葉もござらん・・・」
「ずっと目が覚めないないし、覚めたら覚めたでけろっとしていて!」
「・・・う、うむ」
「私に何も、言ってくれないで・・・!」
「殿、申し訳な」「っ・・・!幸村さんの馬鹿ぁ!」「ぐはぁ!」
は堪らず、屈んで丁度前にあったお腹に、一発入れてしまった。完全に不意打ちだった。
幸村はうぐぐ、とお腹を押さえ、を見る。
「殿・・・!不意打ちは卑怯で・・・!」
「そんなことを言っているわけじゃないんです!!」
「はいぃ!」
怒りも混じり、思わず強めな口調になった。その気迫なのか、幸村はピンと姿勢を正し、座りなおす。
は言った勢いのまま、拳を握って立つと、正座した幸村を見下ろす格好になった。
しかししゅうん、としている幸村を見てははっと我に返ったのだ。
「は!いやその、私なんかが、その・・・すいません」
「いえ、殿は何も悪くなど!悪いのは某ゆえ・・・!」
「ちが、そうゆうことを言いたいんじゃ・・・!」
「では何ゆえ、そのようにお怒りで・・・?」
「それは・・・!」
幸村さんが心配だったからで!!とは叫びそうになる。が、散々待たされたこちらの身としては、素直に言ってしまうのは少し不服なわけで。
「ぐっ・・・べ、別に怒ってませんよ?」
「だが、」「怒ってません!」「な、殿!」
と同じように幸村が拳をにぎり立った。ふん、と腕を組む。今度は幸村に見下ろされる形になる。
むむむ、と双方にらみ合いが始まり、数秒沈黙が続いた。が、それも耐え切れず。ふ、とが先に目をそらす。
「・・・だって、いつも私が思ってばっかりです」
「は・・・?」
「出立するときも、怪我を知るときも、いつも後になってからで」
「それは!」
しぶしぶ白状していくうち、じわじわとまた、ひっこんだ涙が出そうになる。
何もいわないのは心配をかけないためと、も理解している。
だがそれが逆効果だと、いつになっても幸村は、気付いてくれなかったのだが。
「分かっているんです。だから、余計に・・・!」
手の甲では両目をこすった。
こぼれそうになるものを必死で堪える。泣いたところで何も変わらない、困らせるだけ。
それを見た幸村は、勢いをそがれるように、握っていた手を下ろしていた。手持ち無沙汰に、両脇で固定する。
そして仁王立ちになっていた体勢は、どうしようもなく、ただ突っ立つようになってしまう。
目をつぶり、手の甲を当てていたは、気付かずに言葉を続けて。
「怪我だって!後で人伝に聞くなら、報告して欲しいです!」
「殿・・・」「何ですか!」
「某、の。勘違いや自惚れなら、訂正してくだされ」
「は、え・・・?」
打って変わった自信なさげな、どこかよそよそしい言葉に、は幸村に焦点を合わせる。
けれどたどたどしく、目を合わせない幸村に、は勢いもそがれた。
「その、某のことを・・・心配、されたのでござろうか」
「・・・!!」
違います、とは言えない。実際違うのだし、嘘を言ってまでは意地をはれない。ああ目があわせられない!
かああっと顔が赤くなる。ああばれた。こんな鈍感な人にばれてしまった。
の反応を見た幸村の顔も、また赤くなる。
「こ、これからはちゃんと報告いたすため。し、心配されるな」
「・・・はい」
結局、双方真っ赤なままに。
は今日こそはと思い、いつもの事後報告についてきっちり質そうと思っていたのに。
ああいや、肝心なところは聞けたんだ。うん、そう。それはとてもいいと思う。
けれど茹蛸になった二人に、悲しいかな。続く会話などなかったのだ。
もう雨は上がり、太陽は雲間からかがやき始めていた。
はっずかしい沈黙がやってきたとか。
(お二人さん?なに固まってんの)(さ!さすけ・・・!)(佐助さ・・・!)
(あー・・・邪魔したかい?こりゃ)(な!にを破廉恥な・・・!)(変なこといわないで下さい!)
(・・・・・・俺様退さ、)(だめです佐助さんんん!!)(行くな佐助ぇぇえ!!)(えええええ)
佐助が来るまでの間、それはもう途方もなかったとか。
そうしてかの忍は二人のこれからを、ひたすら案じることになるのである。
(きっとあの二人は、俺様の胃に穴を開ける気なんだ・・・!)(主にじれったさで)
とんだ苦労であった。
会話多・・・!結局小っ恥ずかしい話になってしまた!!
しかし主人公が女中なのか姫さんの位のようなひとなのかはたまたトリッパーなのかよくわからずに書いてしまいました。(・・・
にしても一番かわいそうなのは巻き込まれた佐助である。
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photo by 君に、