せいぜい爆発しやがれ
バカップル共ォォオオ!!

なんだかんだ新八くんと神楽ちゃんがクリスマスパーティーの準備を着実に進めていて、当日はまぁそれなりに騒がしいものとなった。 銀さんははしゃぐ二人に呆れてますといった体を取っていたけれど、満更でもなくケーキという甘味を楽しんでいた。私は準備にはほんの少ししか関わっていないのだが――といっても、ほんの少しでも関わったからこそ、ここに御呼ばれしているのだが――まぁ、結局あの2人が一生懸命に用意してくれたという事実が銀さんにとってはなにより得がたいものなんだろう、なんて本人は死んでも言わないであろうことを勝手に想像したりする。
しかしそんなクリスマスパーティー・・・もとい、ただのドンちゃん騒ぎは夕方に差し掛かったところで収束していった。神楽ちゃんがケーキをしっかり完食した後、新八くんが「じゃぁそろそろ僕は姉上のところに顔を出します」と言ったのに「あっ待つネ新八! 私も行くアル!」といって一緒に行ってしまって、2人とも早々に万事屋を後にしたのだ。
随分お早いお帰りですねぇ・・・なんて寂しく思っていたが、よくよく考えるとつまり銀さんと2人っきりなってしまったということで、あ、これは要らぬ気を使われたんだな、とどこか明後日のほうを見る感じで悟ってしまったのである。
そうして2人がいなくなって静まった万事屋で、銀さんはあの社長席に座っていた。窓の向こうにある空を見ながら杯を呷っているらしく、机には酒瓶が載っていた。空はもう真っ暗だった。私は銀さんのほうを向きながら左のソファの端に座っていて、ここからだと薄明かりに照らされた銀髪の頭は見えるのだが、その表情は見えなかった。

「・・・銀さんは出かけないんですか?」
「こんな日に何が悲しくて野郎ひとりで出かけにゃならねェの」
「いやァ、銀さんは聖なる夜っていうか性なる夜でもお楽しみになるんじゃねェかなァと思いまして」
「お前はいったい俺を何だと思ってるの?」
「万年発情期天然パーマメントくるくるヤロー」
「喧嘩売ってんのかオィィイイイ!!」
「冗談です」
「・・・マジなトーンで言うのはやめてくれない? 銀さんガチで傷心だから・・・デリケートな問題だから・・・」
「・・・本当に冗談ですってば」

少しの哀愁を漂わせながら寂しそうに言うのでさすがに言葉が過ぎたかも、とちょっと反省する。こんな日の予定を聞きだそうとした心理を見抜かれたくないから、言葉に棘ができたのだけど、銀さんは分からないんだろうなぁ。鈍感で天パだからな。・・・くるくるパーマメントだからなァ・・・・・・・・・くるくるパーだからなぁ頭・・・。

「ねぇちょっと今ものすごく心の中で主に天パっつうか中身のほうまで馬鹿にされたような気がしたんだけど気のせい?」
「気のせいですヨー」
「ちょっと神楽っぽい言い方すんじゃねーよ!」
「・・・星が綺麗だなぁって思っていただけですよ」

本音ではないが嘘じゃなかった。分かりやすい話の摩り替えだったが、そういって笑えば銀さんの声が低くなり「そこは月が綺麗ですねって言うとこなんじゃねーの」というので思わずと彼の頭を凝視してしまった。月は、ここからでは見えなかった。

「ロマンチストか・・・」
「男はみんなロマンチストなの!」
「へーへー月も綺麗ですね」
「なにそれ"も"ってやめてくんない? 投げやりなのやめてくんない!?」
「銀さんもひとり酒って悲しくないんですかー」

グダグダ言うのであからさまなのを隠そうともせず、不自然に"も"という接続を使って話を逸らそうとする。しかし、「そうでもねーだろ」と銀さんはあの、どんな感情を伴っているのか推し量りにくい平淡なトーンでいった。

「お前が居るだろ」
「・・・・・・・・・まぁ、そう、ですね」

正直、びっくりした。よもやこの人にそんなことを言われるとは思っていなかった。しかしどういうつもりなんだと思考をめぐらす前に、銀さんは追撃してきやがった。

「俺だって、こんな日ぐらいは好いやつと過ごしてぇんだよ」
「え・・・」

いいやつってどういうこと? と一瞬固まるが、私はこんなときばかりうまく漢字を変換してしまって、今度は完全に硬直した。

「・・・じ、じょ、冗談言うんじゃないですよバカヤロー」

笑ってしまうぐらい見事に動揺が反映された声だった。

「冗談なんかでこんなこと言うかバカヤロー」

そしてそんな声に、銀さんは言葉こそ雑でも、至極真面目な声で返してきた。その声音にぐらっと揺さぶられた。その、揺さぶられたものが何なのか分かりたくもないけれど、・・・もしかしてそれは、心とでもいうやつだったりするのだろうか。
私は銀さんが口にした言葉の意味を懸命に追ってみるが、しかし、普段の表情からでさえ彼の本心を測り切ることは難しいというのに、表情を見ることも出来ない今の自分に分かるわけがなかった。
けれどきっとこれは、仕掛けられたんだろうなァとぼんやりと思うところもあって、であるのならばやられっぱなしでは性分ではないなと色気のカケラもないことを現実逃避するように考えた。さてなんと返せばこの飄々とした御仁をしてやってやることができるだろう。
少しの間沈黙が流れ、私は吐露するように言った。

「・・・私だって、こんな日ぐらいは好い人と過ごしたいですよ」

結局引用して銀さんの言葉に乗った形になったが、まあ雰囲気をブチ壊すような言葉にしなかっただけでも合格ラインだよと自分を励ます。・・・が、しかし、そこからは一向に言葉が発せられることはなく、その沈黙に耐えられないのでもうここから脱出してしまおうかなぁ、なんて思ったときだ。
銀さんが動いた。
椅子のきしむ音がしてくるりと銀さんがこちらを向く。と、察した瞬間私は視線を逸らしていた。しかし銀さんが立ち上がって向かった先は、あろうことか私の目前で、床に正座するように座って、そこから片膝を立てた。ソファに座った私を見上げながら見詰めてきて、顔を逸らすにしては不自然なのでいやでも視界に入ったその表情は、いつになく真剣だった。

「なァ」

思わずと低い声に身体が跳ねないように身体を固くした。だというのに、この雰囲気じゃぁまるで私が緊張しているみたいじゃないか。

「な、なんでしょう」

上ずる声が、いつもの自分を遠くに置いてきてしまったことを自覚させた。いつもはダメダメのマダオでプー太郎のくせに、一度雰囲気を出すと銀さんはさまになってしまうから、直視が出来ない。そうやっていつまでも目をあわせられないで居ると、膝の上で握っていた左手に、銀さんの右手が重なった。

「・・・っぎんさ、」

握った手を解すように銀さんの親指が指の腹と手のひらをなぞり、そして、ゆっくりと指が絡んだ。思わず身を引こうとして、しかしそれを見越したようにがっちりとホールドされれば、逃げ場を失ったと瞬時に悟る。しかし銀さんがそれを意識したのかは、分からなかった。俗に恋人つなぎと言われるそれに、どうしてこうなったんだろうと思考を飛ばす。甘さなんていうのとは程遠く、このままだと私は息ができなくなってしまうんじゃないかと危惧さえしていた。

「月は、綺麗だったかよ?」
「・・・っ」

銀さんが横にある机に左手をついて腰を上げ、距離を近づけた。鼻先が触れそうになって、動こうにも動けなくなってしまう。答えを誤魔化すことを良しとしない、いっそ剣呑ささえ滲む視線に射抜かれて、言葉が出ない。月なんて見えなかった、なんて言った日には私どうなるんだろう。戯れのように考え、やめた。

「そう、だね・・・」

綺麗だったよ、とさらっと言って、とりあえず逃げよう。そんな弱腰なことを考え言葉を続けようとした瞬間、私の右腕は思い切り引かれ、ソファからずり落ちようとした身体は銀さんに受け止められていた。と、いうのは間違えではないが、抱き寄せられたといったうほうがこの場面では的確のように思えた。

「な・・・ん・・・」

まるで銀さんを床に押し倒して圧し掛かっているようになってしまったので、反射的に身体を退けようとした。しかしやっぱりそれを見越したように銀さんの左手ががしっと首に回る。私の足は銀さんの足の間に膝を突くようにして収まっているのだが、床に突っ張って一生懸命に上半身が倒れこむことを阻止している右手はプルプルと震えている。ソファと机の間という狭いスペースに倒れこんでしまったために、左手を着ける床はなく、ソファにかかっているのでこちらは支えにはなってくれなかった。
そして銀さんは、そんな私を分かっているのだろうに無言を貫き、ただじっと私の右手に限界が来るのを待っていた。・・・・・・ちくしょう、そうはいくか。

「離してください銀さん。私が大人しく捕まる女だと思ったら大間違いだよ」
「まァな。そんなんだったら銀さんこんな苦労してないしー?」
「・・・ぜってぇ倒れてなんてやらない・・・!」

ぐぎぎぎと上体を起こそうとするが、首に回った腕の力は容赦なく、むしろ私を引き倒しに来ている。銀さんは完全に背を床へ預けてしまって、いよいよ私の腕はがくりと崩れそうだった。負けが近いことを悟り悔しさを滲ませながら銀さんを見やれば、しかし、彼は穏やかに笑っていた。

「もう諦めろよ」
「・・・っ」

低く、なのに優しく囁かれたそれに瞬間ガクッと力の抜けた右腕はもう身体を支えることが出来ず、銀さんは私を抱きしめた。否、私が銀さんに倒れこんだ。そしてしかと私を受け止めた、その意外とがっしりとした身体が、銀さんも男の人なのだというとても今更なことを・・・思い出させた。

「・・・それはちょっと・・・ずるいんじゃぁないですか」
「最終手段だからな」
「もうちょっと出し惜しみしてくださいよ」

じゃないと私が持たないんだよドチクショウ。

「出し惜しみしたら逃げるだろ」
「・・・・・・まぁ、ね」

すかさず返されるのは正論であった。銀さん相手じゃ口でやりこめるには骨が折れるので、無駄に言い逃れはしない。降参を示すようにとんとんと緩く肩を叩き、起き上がりたい意思を示す。
そして起き上がり、一瞬黙した後、私はふ、と微笑しながら言った。

「・・・月が、綺麗だね、銀さん」

すると銀さんはにや、と目を弧にして「こっからじゃァ見えねェのに?」と悪戯っぽく言った。その言葉に私は呆れと照れが混じったような苦笑で返す。

「知ってて聞いたの」
「まァな」

そう言って口の端を上げた銀さんにあぁ完全にやられたな、と思った。でも、もう悔しい思いは残ってなかった。私は、単純に力比べで負けたことが不服で、絶対に勝てないことが分かっているからこそ、そこで勝負に出た銀さんにムカついて。でもきっと、ここいらがふさわしい潮時なんだろうなァ、とも思っていた。これ以上この思いから逃げたって、私が逃げ切る日は、彼がこうやって笑っているうちはきっと永遠にやってこないのだろう、と。そんなことはとうに分かっていたことだから。
瞳を細めて微笑を返せば、ふっと緩く笑った銀さんが瞳を伏せて、そして。

爆破跡地にて語らう



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photo by 君に、