泥濘に足を取られまして
01

ずるり、と嫌な感触がした。何かに足が滑ったのだ。あ、まずいと思うときには身体が前に傾むいて、そのままダイブするのは御免蒙りたいので必死にたたらを踏む。今日は生憎の大雨で、そんな地面への接触はずぶ濡れ確定なので内心慌てていた。傘を持っていたために余計バランスが悪い。
とん、とん、とんっと軽快な足取りで、バシャ、バシャ、バシャンと地面を流れる雨水を叩きながら、なんとか踏みとどまることが出来た。ふうと息を吐いてくるりと後ろを向く。自分を滑らせた原因を一目見ようとしてのことだった。しかしそこで、些細だが異変に気づく。自分が確かに足を滑らせたはずの地面は、乾いていた。この大雨なのに、カラリとそこの色だけが明るかった。
「・・・物でも置いてあったのか・・・?」
よく分からない。ひとつの可能性を呟いてみたが、それにしては面積が広い。しかし頭上を木が覆っているわけでもない。やっぱりよく分からなくて傘を持つ手に力を入れながら凝視するが、なんていうか人ひとり分入れそうな円形と言うか。首を傾げるが乾いていた地面が雨に濡れ始めたのを見て、考えるのを諦めた。人間、ちょっとおかしいと自覚していても、些細な非日常は何事もないようにスルーしてしまうようにできているのだ。それに家まではもう少しだったし、これ以上濡れるのも御免だった。
家に着いて、真っ先に着替えようとクローゼットが置いてある寝室に直行する。びしょ濡れではなかったが、若干濡れて張り付く服が鬱陶しい。水分を含んで脱ぎにくい服にイラついて、思わず舌打ちしたときだった。ずるりと足元が滑った。突っ立っていただけでどういうことだと思うがこの感覚、覚えがある。ついさっきも襲われた嫌な感触と同じだった。しかし今度は目の前にはベッドであったため、たたらを踏むことは叶わず顔面からダイブする。服を脱ぐために悪戦苦闘していたので、手もつけず文字通りバフリと顔面からのダイブで、布団の柔らかい感触が顔に当たった。さっきから私はドジッ子かなんかの属性に目覚めてしまったのだろうか。ハァとため息をつきながら身体を仰向けて起き上がろうとした、までは良かった。
瞬間、見開いた目と目が合ったと思ったら、起きようとした身体に重圧がかかる。バフリと背中からベッドに逆戻りし、何事かと目をしばたたかせる。
「・・・なにごと・・・?」
パチ、パチ、と擬音がつきそうな瞬きを繰り返し、状況を把握しようと努める。ひとつ分かるのは自分の上に圧し掛かっているのが人間だということだった。だってさっき目が合ったし。でもそれじゃあますます意味が分からない。どうすればいいんだ、これはアレか、絶体絶命の大ピンチとかいうやつか。不審者につけられているような様子はなかったんだがなぁと、自身の不運を呪った。せめて抵抗だけは最後までしようか、とか考えるあたり余裕があるのかもしれない。うん、絶対そうだな。なんで私もっと慌てないんだ。悠長な自分自身がおかしく思えた。しかしゴソリと圧し掛かっていたもの、もとい人が動いた瞬間にそんな考えは吹っ飛んでいた。ああうんこれはあれだ、警察だ警察。そんな考えをまとめると、ふわもこな白い帽子が目に入って、次にはそれに似合わない鋭い視線がこちらを射抜いていた。・・・詰んだかも知れない。


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