結論から言おう、予想通りであった。日本では見かけない長身と、染めたものではないだろう金髪に今までつっ込むに突っ込めなかったその特徴ある髪型。鼻筋の通った顔に、気だるげな目と、厚い唇。そしてそれにいい味をプラスするであろうおっさんと呼ばれる年齢。ってまあそれは余計かもしれないが、これはどこぞのお姉さまにモテそうだと思ったのは私だけではないはずだ。
だからつまりは、そんな人目を引く容姿の彼は、大通りに出ると滅茶苦茶に視線を集めた。正直痛かった。好奇の視線にさらされるのは誰だっていやなはずで、私は勿論いやだった。思わずと原因の彼を見るとなんてことなさそうにしていて、慣れているのかと嘆きたくなったが、ふと目が合えばそれは違うと理解した。返された表情はしょうがないと言うような、苦笑いだった。その表情になんだか、私は彼にそんな顔をさせてしまっているのかと急に申し訳ない気分になって。連れ出したのは自分で、こうなることはちゃんと予想していたのだ。だからあらかじめこうなると言い含めればよかったかもしれない。視線を集めているのは私ではなく、彼だ。その連れという居心地の悪さがあるにはあるのだが、それ以上に視線を集めている当人はもっと居心地が悪いかもしれなかったのだ。

「・・・なんというか野次馬根性溢れる国民性でスイマセン」
「ん? はは、別にいいよい。大体お前のせいでもねェだろい」
「いやそうなんですけどね。こう人の視線がイタイと最早謝りたくなるんです」
「ふ、それじゃあむしろおれが悪いことしてるみてェだよい」
「ええ? いや滅相もございません」
「はは、冗談だよい、気にするな」
「えー・・・まぁ、はい、分かりました・・・」

マルコさんは笑いながら言っているが、それでもいい心地はしてないはずだった。時間帯がまだ午前ということで、道行く人たちは最終的にマルコさんよりも時間を気にしてくれるというのが、唯一の救いだったと思う。こんなんだったら夜のほうが気兼ねないかとも思ったが、それはそれであらゆるところから夜の店の誘いがひっきりなしだなとも思って、考えるのは止めた。

「まぁ、こういう視線に慣れてないわけじゃねェよい」
「それは・・・なによりで」
「はは、皮肉かい」
「いえそんな。そのわりには呆れた様子でしたので」
「あ? あー・・・まぁな。こうも純粋に好奇の目、っていうのはあんまりなかったからねい」
「へ、ぇ?」

じゃあどんな視線にさらされていたんだと思って、すぐに彼は海賊だったのだと思い出した。え、じゃあなんだ。つまりは悪名的な意味で視線を集めたのかと、思い当たったところで喉が鳴り、思わずと彼を見詰めてしまう。しかし彼はそんな私の視線に気づくと意地悪くニヤリと笑っていて、その顔に私はたぶんからかわれたのだと気づいて思わずそっぽを向いた。

「もう、誇り高い海賊団だったんでしょう」
「当たり前だよい、だからそんな顔すんな。悪い意味ばっかじゃなかったよい」
「・・・だってマルコさんが、」
「・・・からかってなんかねェよい?」
「く・・・! そう思うってことはそうゆうことだったんじゃないんですかマルコさん・・・!」
「いやーほんとにそんなことはねェよい?」

ふっと笑う彼にいつかの自分の切り返し方を真似されちょっと悔しい思いをする。私はどっちかというとからかうのが好きなので、だからそうゆうのはやめていただきたいのだが。しばしむすりとすると、そんな反応の私に彼はまた笑いながら言葉を続けた。

「お前はおれが何者かって、意識がなさすぎなんだよい」
「え? いや、まぁ・・・う、ん・・・」
「まぁ・・・それがありがたくもある、が」
「・・・?」
「それでも、あんま無防備な羊はうまそうだよい。気をつけてくれい」
「え、はぁ。分かり、ました?」

よく分からない話の展開に、不明瞭な返事をした私だったが「・・・いや、やっぱ気にするなよい」と彼は笑いながらあやすように横からぽんぽんとこちらの頭を叩くのだった。それに私はますます意味が分からなくなるが、満足げに笑む彼の中では今の会話に片がついてしまったらしいので、それ以上を質すのは諦める。不服を感じるような気がしたが、それは目の前にお店が現れたことで霧散した。

「こりゃでっけェ店だよい」
「まぁこの辺ではこのお店がいちばん大きいですかね」
「ほォ・・・」
「色んなトコ駆けずり回るのは、面倒なんでね!」
「は、素直だよい」
「ありがとうございます」
「いや褒めてねェよい」
「ふふ、知ってます」
「ったくお前ェは・・・」

そういいながらも彼は笑っていて、こんな軽口が楽しいという感覚は久しぶりかもしれないな、と自分もくすりと笑いながら思う。

「えーと、では歩きやすい運動靴に普段着に日用品と、あとはなんですかね?あ、布団? 確か来客用に一式はあった気はしますがマルコさんにはちょっと小さかっ」
「ってちょーっと待てよい」
「はい?」
「・・・だから、あのな、たくさんはいらねェって言ってるよい。世話になるってのにそんな」
「いえだから、その私が良いって言ってるのでございますよ! え、なんですか、遠慮するんですか。私の申し出が不服って言うのですか・・・!?」
「お前な・・・」

まるで私の酒は飲めないのかと迫る上司のような鬱陶しさである。それに呆れたように彼がため息をつくあたり、こういうのは世界共通の認識なんじゃないかと思った。二の句が告げなくなったらしい彼を見て、これはしめたと思いふふふと笑う。が、しかしそれがいけなかった。

「・・・おい、やっぱすっとぼけんなよい」
「へ? っていだだだ!」

ぐぐ、と右頬をつねられすみまふぇんと情けない謝罪が口をついて出る。実力行使なんて卑怯だ。

「あーもう、分かりました、仕方ないですね」
「・・・なんでお前が折れたみたいな形になってんだよい」
「え、なにか?」
「・・・はぁ」

もういい、とばかりにぽんと頭を叩かたので、あ、これはまずい、少しふざけすぎたと咄嗟に反省する。最早大人に振舞うことは彼を前にして早々に諦めてはいたが、これは本当に困らせている。あぁ、これではだめだ。

「・・・はい、すみません、分かっています。ただ、ブーツだけでは行動しにくいと思いますし、普段着もあれば動きやすいはずです。日用品は、そうですね、私の買い溜めがあるので当分はそれで。布団も、やっぱりあるのを使わないのはもったいないのですしね。まぁ、大きさが足りなかったらすいませんとしか言えないですけど」

ね、と言い終わると少し驚いたようにマルコさんがこちらを見ていた。子供のように騒いだあとに、大人になるのはいとも容易い。騒いだあとに急激に冷める熱に併せて、思考もクールダウンして大人に切り替わるのだ。だからそれを思いのままに発すれば、私は大人に振舞うことが出来る。そんな私はよく、二面性があるなんていわれるが、なんてことはない。そんなのはただ、大人な私と、子供な私の釣り合いが取れていないだけなのだ。それはいつも両極端に現れて、私のコントロールを奪うからひどく困惑する。分かっているのに、止めようもない。この工程を辿らないと私は大人になれなくて、それがいつもわずらわしくてかなわない。だからショートカットしたいと常々思ってはいるが、彼はこの落差をどう思うだろう。私の側に残る友人は、一様にそれが面白いと言ってくれるのだが、そう良く解釈してくれるとも限らない。おかしなやつだと思われるかもしれない。

「気を、使わないでいいんだよい」
「・・・?」

ふと思考にトリップしていると彼の手が私の頭を撫でていた。一瞬何のことか分からなくて、次いで私の言動に対するものだと理解する。でも、それにしてはその言葉はおかしい気がした。

「気なんて、使ってませんよ?」
「お前はガキなのに、頭回しすぎなんだよい」
「え、な、ガキって・・・っ」

ちょっと心外で、でも図星だからやっぱりなにも反論できなくて。だって、駄目だと分かっていて騒ぐのは子供で、でもいつも諦められない私は駄目もとで言うしかなくて。でもそんな駄目もとでも意見が通るときがあるってのが余計に厄介で、私はこの駄目もとを止められない。それを大人な私がいつも嘲っていて、熱を冷まして顔を出すのだ。分からないというにはもう子供じゃなくて、でも分かるというにはまだ大人になれなくて。だめなのに、どうしたって諦められない。それが、私がいつまでもコントロール出来ずに、持て余すものの正体だった。


己が気持ちに吐けない嘘は、
その純真を証明するとでもいうのだろうか。



つまり若い。つまり諦めが悪い。要するに色々と甘い。物分りがよくなりたいのになりきれないそんな感じ。

×