ぐりぐりと撫でられる頭にくすぐったい気持ちがするようで。けれどまるで本質を見抜くような彼の物言いに、私は確かに動揺していて。この人に遭遇してからというもの、私は随分と猫のかぶり方が下手になったように思う。あっという間に剥がされたそれは、数年を共にする友人にも見せたことがなかったはずだった。ああ全くこれじゃあ形無しだと、甘いのか苦いのか分からない心地になる。

「ぐぬぬ・・・私の猫を返してください!」
「・・・なんの話だよい?」

彼はよく分からんというように首を傾げていた。もちろん実際に猫を飼っていた覚えもそれを奪われた覚えもないので、彼の反応は当然といえば当然だ。でも私は確かに奪われたのである、いつも必死にかぶっていたアノ猫を。だから既に私は悔しい思いで一杯であった。

「わかんなくていーですよ! 次、次行きましょう!」
「よ、よい?」

呆気に取られながらも素直に彼は着いてきていて、その様子に自分ばかりが子供のようで最早情けない気分になってくる。大体次も何もまだ店先である。やはり分からんといった彼の様子を無視して、私は適当に人が座っていられるスペースを探した。すると数人が腰掛けられる背の低い長いすが目に止まる。

「・・・っとすいません、ここで少し待っててもらえますか」
「構わねェが、どこ行くんだよい?」
「ふっふっふ女性にそうゆうのを聞くのは野暮ですよ?」
「・・・・・・」
「ということで1、20分お待ちあれー」
「・・・分かったよい」

なんだか釈然としない感じで頷く彼に気づかないふりをして、さらに動かないでくださいねーと念を押してさっさと目的の場所へ向かう。そこは別に下着売り場でもないし、トイレでもない。目的地を説明しなかったのは、彼に正直に言ったら止められることが目に見えていたからだった。あんなふうに言ったのは、職業:海賊ということをぽろっと忘れそうになる気づかい屋の彼にはそう言えばそれ以上突っ込めないと思ったからだ。そしてその通りだった。

「はいすいませんお待たせしました」
「いや・・・別に待つほどでもなかったよい」

正直もっと待つかと思った、と辟易としていう彼にいつもはどんくらい待たされているんだと苦笑しながら、彼の隣にポスリと腰掛ける。

「手、出してください」
「?」

こて、と首を傾げる様がやっぱり可愛く映ったので、突っ込むことは最早諦めた。なんだこれ、可愛いおっさんとか新ジャンルかとも思うがもうなにも言うまい。素直に出された大きな片手は、甲が上を向いていたので、「違いますよ」と笑いながらひっくり返すように軽く触れて、それにも素直に従う彼にああ新ジャンルもありかなと思考が流れた。しかしそのまま手を突き出した格好で「何だよい?」と訝しげにする彼にいかんいかんと彼を待たせたその理由を手に渡す。

「これ、は」
「いちいち私がついて回るのもなぁって思ったので。まぁ別にそれでもよかったんですが、ないと色々不便ですしね」

朝の時間に出てきた理由は、もちろん買い物に時間がかかることを見越してだったが、もうひとつ。時間帯が早ければ人がいないと思ったからだった。思ったとおり、人はまばらにしかいなくて、大通りから店に入ってしまえば視線も気にならなかった。ごそりと自分の鞄から財布を取り出し、数枚札の端を出して、単位の説明をする。家で済ましてくればよかったと少しばかり悔いたが、まぁそこはうっかり忘れていたので仕方ない。

「数字は一緒なようなので。こちらでは単位がベリーではなく円になるだけですね。それで札で言えばいちばん大きいこれがそのままいちばん大きな単位で万です」
「・・・あぁ」

私が彼に渡したのは、黒い革の長財布だった。これ、といったのは我らが諭吉さんで、順々に単位を下げていき、小銭の説明もする。彼もそれに倣って渡した財布を開いて、確認しているようだった。


「はいなんでしょってうわっ、ちょ、なんですか」

唐突に名前を呼ばれたので、手元から視線を上げるとぐしゃぐしゃと頭をかき混ぜられた。見られる程度には整えたはずの髪だったが、きっともう無残なことになっているだろう。

「な、え、ちょ止めてくださいよ一体何の恨みが・・・!」
「ありがとうよい」
「え? ああはい」
「お前はイイ女だよい」
「・・・っなんですか、この惨状で嫌味ですか! もう!」

お礼を言われることは予想していたので、このことはごく軽く流すつもりだった。けれどさらりと出た褒め言葉に思わず息が詰まってしまった。思っても見ぬ彼の言葉に上がった体温を誤魔化すようにおどければ、今度は笑いながら悪かったよいと言ってゆっくりと髪を梳かれて。ダメ押すようなその手つきの柔らかさに、今度こそ顔が熱くなっていくのが分かった。無骨な手に似合わず、なんて思うけど、だからこそたまらない。彼の優しさがより見えるようで、きゅ、と心臓が音を立てた気がする。そんなのは気のせいだと思いたいのに、いまだ優しく撫でる手が心地よくて。気恥ずかしさに視線を合わせられなくて、思わず俯いた。彼は向こうでは隊長で、となればきっとそれなりの立場だったはずだ。だからこんな年下の自分に払わせるなんて、と思っているだろうとは考えていた。だから財布をあらかじめ渡しておけば問題ない、とは店に来る道すがら思いついたことだった。この際好みとかは置いてもらうとして、でも彼が持っていてもおかしくないようにと短時間で一生懸命に選んだものだった。

「え、えっと、なので日用品をというか服をですね・・・っえと、買えるだけ買ってください。下着とかも」

お金は財布を買った際にあらかじめ突っ込んでおいた。ぶっちゃけると、だ。彼に着いていって買うこと自体恥ずかしさで耐えられないと思うことからの判断だった。服とかならまだいい。だがな、下着はだめだ。どこの生娘だと鼻で笑われそうだが、ダメだと思うもんは駄目なのだ。洗濯とかなら別に平気だと思うのだが、店で会計をするのは居た堪れないのだ、うん。店員さんはそんなこと気にしないだろうが、だって体験済みですからね!こちらの一方的な気まずさでも無理なもんは無理だよ!

「その辺は任せます、あ、渡した分は遠慮しないでください、ほんとに」
「・・・分かったよい、すまねェな」
「いえいえ、言ったじゃないですか、私甲斐性あるので!」
「は、頼もしい限りだよい」

嘘ではない。ろくに使う暇も道もなくて金は貯まっていくばかりだった。だから使うアテがあるというのは実は楽しくて、むしろ口実にされているのはマルコさんである。

「無趣味というのもたまには役に立ちますねぇ・・・」

しみじみと呟くとコツリと額をたたかれて「そりゃ日頃役立っちゃ困るだろい」と笑われた。確かにごもっとも、だ。

「では、おのおの行動ということで」
「ん、あぁ分かったよい」
「うーん、じゃま、お腹が減ったらここに集合ということでー!」
「ってずいぶんアバウトだよい!」

けらけらと笑いながら彼の元を離れていく。少しだけ焦った声がしたようだが、それは聞かないことにした。


絆されてしまいそうな、
その温度に気づかないふりをして。



まぁ主は男性モノの下着なんて買ったことないけどね!←

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