お腹が減ったら、なんてアバウトもいいところなことを言ったのは突っ込まれてなくても自覚がある。しかも慣れない世界で彼を放った。その自覚もある。だから私は店を一回りした後に彼の姿をすぐに探した。私はべったりとついて回るのが恥ずかしかっただけなので、なにも無責任に放るつもりはない。最初から、ちょっとしたらすぐに確認に行くつもりだったのだ。

「マルコさーん」

びくり、とわずかに跳ねた肩がこちらを向く。そしてゆるく息を吐いてお前か、とでもいうような表情をするので笑ってしまった。その反応はなんだというのだ。

「いやいやそんな残念がらなくても」
「あ? 別にそうじゃないよい」
「えー?」
「気にすることねェよい」
「・・・そうですか」

まぁ、別にいい。議論したいのはそんなことじゃない。彼はすでに袋を抱えていて、カゴも持っていて衣類らしきものが入っている。

「お買い物はどう・・・順調ソウデスネ」
「まぁな」

質問しながらカゴの中を見て、そのセンスの良さになんとなくだが視線をそらした。まぁそうじゃないかなぁって思ってたけど。私だったら到底着ようと思えない柄物とかがあっさりと入ってるあたりすごいなぁと思うのだ。そしてそれを着るマルコさんを思い浮かべて、それでも嫌味なく着こなすのだろうと安易に想像できてしまって。ぶっちゃけため息しか出ない。これは感嘆なのかそれとも劣等なのかとそのため息に疑問を浮かべるが、まぁ男性のマルコさんに劣等感を抱いても無駄だなと思うから、きっとこれは感嘆なのだろう。と、思うことにした。

「お前はいいのかよい」
「え? あ、あー・・・そうですね、もうちょっと見てきます」

とは言ったが実のところ、自分が欲しいものはあまりなかった。なんというか、普段からそういう性質なのだ。物欲がないといえば聞こえは良いが、実際は関心がないといっていい。でも、それは様々な場面での自分にあてはまることで、もうそれで良いかなと思ってしまってもいた。しかし、一度欲しいと思えば即決してしまうような行動力もあって、あぁそうか、自分はこういうところも両端というか極端というか。なんだかなぁと苦笑しながら、私はマルコさんを横目にふらりとその場を離れたのだった。

「・・・い、おい、?」
「へ!?」
「お前な・・・前から思うんだが、けっこうぼーっとしてるだろい」
「え、いや、うん・・・そうですね」

レディースの取り扱いが豊富だという店でうろうろしていると、いつの間にか背後に立っていた彼に動揺し、しどろもどろな返答になってしまった。懸命に取り繕って買い終わったのかと聞けば「ああ」と頷いて「お前は?」と聞き返される。その当たり前に聞き返してくるあたりを苦く思いながら、私は曖昧な笑みを浮かべた。

「あーえと、そうですね・・・」
「決まらねェのかい?」
「まぁ・・・そんなところです」

というよりも、やはり欲しいと思わないというのが正解だった。しかしそれを告げなかったのは、それだと彼が気を使うのではないかと思ったからだ。うん、目に見えるぞ、顔をしかめる彼が。でも決まらないというのもそれと同じことではないかと思って、適当なものを見繕いたかったのだが。彼がすでに来てしまったことでそれは失敗に終わる。ふらふらと視線を彷徨わせながら、でもやっぱり一向に買う気は起きなくて、フロアを移動しようかとも考えるが、それだともう大人しく帰ってしまう方が良いように思えた。

「うーん」
「・・・ったく」
「あ、もう、ため息吐かないでくださいよ。女性の買い物は長いんです、世界共通です」
「あー・・・まぁそうだろうよい」

まったく仕方がないというように彼は笑っていて、まあぶっちゃけ私に限っては嘘なんだけど、と思いながらも女性の買い物は長い、はやはりどこでも一緒らしい。

「なかなかこれというのがないんですよ」
「・・・そうかよい」

こちらを見る目が細く眠そうで、いや、これは彼の通常運転だったかもしれないが、それがこんなときばかりは呆れられているように思えてならなくて、心苦しくなる。こんなんだったら素直に帰ってしまおうか。いつもと変わらぬ趣味の無地のジーンズを触りながら、そっとため息を吐いた。

「・・・なぁ
「はい?」
「・・・こういうのはどうだい」

そういうと突然ぐいと腕を引っ張られて、棚の一角に設置されている鏡の前に立たされる。なんのことかと目を白黒させていると、腰を後ろから引かれて、マルコさんは私に服を当てていた。そんな鮮やかな一連の動作に固まって、しかもマルコさんが持ってきたのは普段着ないワンピースだったことが私を完全に硬直させた。それは見るからに可愛らしくて、私には到底似合うとも思えないものだ。上は落ち着いた白い花柄で、下は薄いピンクでふわりとした生地。みるからに女の子というか、ガーリーというか。もうこの状況は色々と私にとって目一杯だったので、飛び上がりたくなった衝動をなんとか抑えたことをどうか褒めて欲しい。

「お前はもうちょっと洒落っ気があってもいいだろい」
「いや、あの・・・!」
「あー、そんな柄じゃねェってのは百も承知だよい」
「だったらですね・・・!?」
「・・・だってお前、ほんとはなんでもいいんだろい?」
「えっ・・・」

そう言ってこてん、と私の後ろで首を傾げた彼を、鏡を通して見てしまえばそれ以上言葉が出ない。どうやらこんなところでも見抜かれていたらしい私は、ただ固まるばかりだった。っていうかですね、そろそろ意識していなかったこの体勢に耐えられないというか。なんだこの密着度は。鏡を直視してしまった私は本当に居た堪れなくて、今すぐこの体勢をどうにかしたかった。ええとね、ほんと私をどうしたいんですかマルコさん。

「いや・・・あの分かりましたから・・・!」
「おれは似合うと思うよい」
「ええとだから、そうじゃなくて!」
「・・・あぁ」

そこで彼はようやく合点が行ったというように、ゆるりと腰から手をはずしてくれた。じわじわと頬が熱くなっていくのが自覚できて、私は急いでそのワンピースを受け取って、というか奪い取り会計を探す。

「・・・お前さんは意外と可愛いよい」
「もう黙ってください・・・!」

ニヤリ、と笑ってからかう彼をジロリと見返すがたぶん真っ赤な私がしたところで無意味なのは分かっている。けれど会計へと猛進しそうになる私に、後ろから「嘘じゃねェよい」と言われた言葉に、振り返ってしまったのがいけなかった。だってそこには、意地悪い笑みではなくて、目じりにしわを作るあの笑顔があったのだ。だから私は、なんだか途端に、息をするのが難しいことのように思えてしまったのだ。ああもう、私は知らない。知ってなんか、やらない。


目をそらしてしまった感情の名なんて、
私は知らない。



着々と海賊なのに紳士、紳士だけど海賊なマルコさんが私の中でできあがっています。

×