会計を終えた私は、帰る前にそういえば、というように日常品を買おうと提案する。しかしその前に、はたと携帯の時間を見てお昼がまだだったことを思い出した。

「うわ、けっこうな時間だ・・・お腹すきました、ね?」
「あぁ、そうだねい」

見ると1時をとっくに過ぎて、あぁしまったと思う。燃費は良いからって、私の腹時計は壊れているのか。先程お腹がすいたら、なんて冗談で言ったけれど、実行されていたらきっと彼を長く待たせたに違いない。

「あーごめんなさい、気づかなくて・・・」
「・・・大丈夫だよい。まぁでも、食べるだろい?」
「はい、さすがに・・・」

そう言ってフロアを移動して、適当にファーストフードで良いかと聞いて、頷いたマルコさんを確認する。昼頃を少し外したせいか席はちらほらと空いていて、順番に注文してしばしの間待てば、トレーにはハンバーガーが乗って出てきた。

「うん、久しぶりだなー」
「ん?」
「あぁ、ハンバーガーがですよ」

そういえば成る程と納得がいったように彼は頷いていた。席に着いて食べ始めればどちらともなく無言になったが、ふと彼が口を開く。

「・・・お前、それで足りんのかよい?」
「ふぇ? はい、十分です」
「・・・お前ェは・・・いや」

そういってため息をつく彼はハンバーガー2個とポテトをきっちり食べていた。対して私は1個を食べただけだ。サイドメニューもない。しかしこれでお腹一杯なのである。彼はとても不可解そうな顔をしていたので「燃費が良いので」と笑っておいた。それにまたしてもため息を吐かれるので私は苦笑するしかない。

「倒れるよい」
「そんなことありませんよー」
「どうだかねい」

変わらず呆れたような態度を取られたが、お腹はいっぱいなのでこれ以上食べようとは思えない。曖昧に笑えば彼はそれ以上の言及を諦めたようだった。私は、物欲もそうだが食欲も乏しいのだ。人間として機能するために食べる、ということ以外に目的を見出せてなくて、いや、美味しいと思う感覚はちゃんとあるのだが、それ以上に面倒が先に立つ。そして燃費が良いというのが幸いしたのか災いしたのか、食の興味はなくともこうして生きているので、それで充分だった。でもたぶん、こんなことを素直に言ったらこの人はいい顔をしないだろう、というのは分かっていた。

「・・・んじゃま、買いに行きますか」
「そうだねい」

席を立ってトレーを返却し、また連れ立って歩く。そして買った荷物のほとんどが当然の如くマルコさんの手にあり、つい苦笑が漏れる。まぁ予想はついていたけどな、と思うがこうやってそつなくこなされると本当にこんな人がいるんだなぁとなにか貴重なものを見ている気分になる。そんなことを思って少しだけ先を行く背中を見詰めていたら、ふいにマルコさんがこちらを振り返った。

「・・・なんか言いたいことでもあるのかいよい」
「あー・・・何でも?」
「その歯切れの悪さで誤魔化せると思ってんのかよい」
「んー・・・まぁ?」

はぐらかしているのを誤魔化そうともしないで笑うと、彼は眉を寄せて呆れたように苦笑した。それでも私の態度を言及するつもりはないらしく、「ほら、そういうところですよ」とくすりと笑う。そう、こういう、安易に追及しない距離のとり方が、この人は上手だ。けれど私の言葉にマルコさんは不可解そうな顔をするので、本当のところを悟られないために私は揺れる荷物を指差しておいた。それに「あぁ」とつまんなそうに納得したのを見て「なんでそんな顔なんですか」とまたくすりと笑う。

「これくらいは普通だろい」
「・・・あー、そーですねぇーマルコさんには普通でしょうねー」
「お前な」

からかい口調で茶化せば彼は眉を寄せる。けれど次にはやっぱり呆れたような微苦笑をこぼすだけに留めるので、それに合わせて私も笑う。この人は海賊って言うくせに、この世界の人間よりよっぽど穏やかだと思う。だから、その隣は心地がいいのかもしれない。

「あとは日用品だけですよねー」
「あー・・・そうだねい」

歯切れ悪く言って、彼は少しだけ気まずそうな表情をしてふいと前を向いた。まぁ、なんとなくこの反応の理由は察しがつく。単純に返す当てのないお金を使うことが嫌なんだろうなぁと、その顔を横目で窺った。けれど結局、彼のその感情を理解しながらも、私は彼にお金をかけるのをこれからも厭わないだろうなぁと、その顔を見ながら漠然と思う。嫌がっているのを分かっていて、なおそれを実行するって性質が悪いかなとちらりと思ったが、薄く笑ってそれを誤魔化した。

「マルコさんは無駄にセンスがいいので、私の部屋がオシャレになりそうです」
「そりゃあ貶してんのか、褒めてんのかどっちだよい」
「え? そりゃもちろん、褒めてますよ」

そう言ってふふ、と笑う。どうもマルコさん相手だと口が減らなくて、そんな自分が珍しくて、そのおかしさにくすりくすりと笑ってしまう。するとなんだか何が面白いのか理解しかねるといった呆れたような目で見られた。

「楽しそうだねい」
「そうですねぇ・・・楽しいです」
「そりゃあよかったよい」

そういって彼はため息をつきながら首の後ろを掻た。少し見上げればよく窺えた首筋に、ふとこれはマルコさんの癖なんだと気づく。その思わぬ発見に不意を衝かれた気分になって、私は押し黙ってしまった。

「どうしたよい?」
「いえ・・・」

その人が知りえぬところで、その人らしさを知ってしまうというのはなんだか居心地が悪かった。しかも出会って数十時間、一緒に暮らすことにはなったけど、それにしたって私の観察眼ってこんなに鋭かっただろうかと考える。そして考えることに夢中になっていたので私はまじまじと彼を見つめていて、それに痺れを切らしたらしいマルコさんは立ち止まった。特に何も考えないでそれに従ってしまったので、私まで止まってしまう。そして前を向いていた彼の身体がこちらを振り返って、その瞳と正対したとき、私は無駄に発揮された観察眼の原因を知ってしまった気がした。

?」

彼、だからなのか?
ストンと胸に落ちたそれは疑問符を伴っているのに、けれど確信もしているような、そんな曖昧さを持っていた。降って沸いたものに本質を突きつけられたような、そんな唐突感だった。

「・・・すみません、ちょっと考え事をしていたもので」

呼ばれた名前に軽く手を振りながらちゃんと答えているはずなのに、その言葉は上滑るようで思考は全然違うところに飛んでいた。彼が、特別なのか。いや違うだろう。何故って? だってまだ出合って1日も経ってないじゃないか。でもさっき時間は関係ないってお前は言ったじゃないか。いいや、そうじゃないだろ、時間は大いに関係あるって言っていたのもお前じゃないか。そんなやり取りがぐるぐると脳内を駆けていた。つまるところ、先程唐突にはじき出された可能性に、私はずいぶんと動揺していた。心臓がどくりどくりと不穏な音を立てる。

「すみません、ちょっと今キャパオーバー中なんで、少し待ってください」
「・・・? 分かったよい」

不思議そうな顔をする彼を視界に入れながらも、私は脈打つ心臓を落ち着かせるようにゆるく息を吐いた。大丈夫、大丈夫だ。私は彼の癖にたまたま気づいてしまっただけだ。それだけだ。言い聞かせるように大丈夫だと唱えながら、けれど果たして何が大丈夫なのだろうと穿り返そうとする思考に冷や汗が出る。ああだから、その先を考えるのは止めてくれよ。指先から体温を奪われるような冷たい感覚に目をつむったとき、くしゃりと私の頭を撫でたのは、マルコさんの手だった。

「あんま難しく考えんなよい」
「・・・そう、ですね」

撫でられた髪に、ああ温かいな、と漠然と思った。私の頭に乗せられたこの手こそが、優しいという思いの形だったのかとさえ考えた。

「私の、悪い癖です」

そのときの私はなんだか、上手な距離のとり方を見失ってしまっている気がした。


頼むからどうか正しい体温と距離の保ち方を、
私に教えてくれないか。



13話書いといて実は1日くらいしか経ってないって言う。ナンテコッタイ!詰め込みすぎた感はある。分かってる。あれだよ、この店すごく近場なんだよ!←
あと首の後ろを掻く癖は完全に私の妄想ですなんていうか間を誤魔化したりするためだったり疲れてダルそうに首の後ろに手を回してため息をつくさまが完全に出来上がっています苦労人好きだ。←

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