「・・・・・・テンガロンハットを被った人に、お願いされたんですよ」
言うと彼は開いていた口を閉じ、その言葉にすべてを察したようで、真顔になった。そんな反応にもう少し言い募ったほうがいいかと口を開こうとすれば、マルコさんがそれを遮る。
「あいつ、なんて言ってた」
平坦な、声だった。けれどそれは、努めて平然であるように装ったために、不自然なまでに感情をそぎ落としてしまったとでもいうような、無感情さだった。その張り詰めた静けさに、私は彼がどんな感情を持っているかが予想できなくて、知らずのうちに宥めるような言葉を選ぼうとしていた、けれど。それだと夢で会った青年の感情を曲げて伝えてしまう気がなんとなくして、やめた。
「寂しがらせているなら、そいつは悪かった、って」
ピク、と彼の手が動き、ゆるゆると額に当てられ、ぐっと拳が握られる。
「ったく、そうかよい・・・・・・くそ、んなわけねーだろい。馬鹿野郎っ・・・」
それから彼は、両手を机の上に組んで、そしてその手の甲に顔を乗せて俯いてしまった。ので、表情は伺えなかった。けれどその姿は力弱くうな垂れているようで、その様子に、んなわけねーわけねーだろうに、とか、思ってしまったのは心のうちに留めておく。
「・・・・・・あー、っと、まぁ・・・あの、ですね」
沈黙する姿に見かねて声を発したはいいものの、どう言えばあの青年の心境を正しく伝えられるのだろう、と言葉に詰まった。夢の中で会った、どこかおぼろげな彼の輪郭を、しっかりとなぞり直すようにしながら懸命に思い出す。青年はテンガロンハットを被って、どこまでも穏やかに笑んでいた。そう、困ったことに、彼のそれ以外の表情を思い浮かべることができなかった、から。
「・・・・・・笑ってたんです」
まさしく、言葉がぽろりとこぼれ落ちてしまった。そんなことよりも、もっと言うべきことがあるはずだと言葉を探すのに、これ以上あの青年を形容するものがなかった。
「すごく、穏やかに・・・・・・」
あの、笑みがすべてだったのだ。分かっていた。ひどいひとだなぁと言いながら、それ以上に、彼は魅力的だったのだ。あの笑みの温かさったらなかった。まるで泣いてしまいそうになるような――太陽のような、いっそ痛烈ささえ感じさせる存在。かなわないなぁ、と思ってしまった。しょうがないなぁって、笑ってしまう憎めなさがあった。
そろりと顔を上げたマルコさんは、ぼうっと前を見詰めていた。けれどそれも数瞬で、こちらに向き直ったその瞳は、いつも通りの静けさを取り戻していて。口に弧を描く様子は、穏やかだった。
「・・・それでいいよい」
彼は、いくつの言葉を飲み込んでそうやって笑むのだろう。当たり前だが私にはマルコさんの心を推し量ることなどできなくて、ただ、応えるような曖昧さで口元を緩めた。それは笑みというよりはもはや条件反射で、作る表情に困ってしまったときにする顔だった。
「そう、ですか」
――あぁ、こんな、どこかしらを掻き毟ってしまいたいようなもどかしさは、いったいどこからきているのだろう。
考えてみれば、ずいぶんと短い時間だったろうに、夢の中で会った彼の感覚が、思考が、少ない仕草からもつぶさに汲み取れていたように思うのだ。ただそこには、少しのさざめきすら感じさせない湖面のような穏やかさしかなくて、それ以上のなにかを得られなかったというだけで。だから、そう、私がもっと知っていれば、相応の言いようがあり、尋ねようがあったはずで。あぁ、だからつまり・・・。
・・・どうして、私だったのだろう。
どうしてマルコさんじゃなくて、私が会えたんだろう。マルコさんだったら、もっとあの青年の機微を感じられたはずで、言いたいことがあったはずで、聞きたいことがあったはずなのに。それが、所詮は夢といわれても――たとえ気休め、でも。
こういう、たらればな考え方は詮無くて、普段は嫌いだというのに、さっきからそんな思考ばかりが頭を埋め尽くしてる。けれどそんな私の思考などお構いなく、マルコさんは緩やかな口調で言葉を発した。
「なァ、おれは・・・ずっと、どうしたらよかったんだと思ってたんだよい」
「・・・それ、は・・・・・・」
「でもあいつが――エースが笑ってんなら、俺がやってやれることは、もうないよい」
「そんなこと!」
咄嗟に荒げた声に、少しだけ驚いたようにマルコさんは固まった。けれど、口から出た否定は、それ以上はうまく続かなかった。それなのに絶対にそんなことない、という思いばかりが溢れて、胸を圧迫するばかりで。
「マルコさんが生きているなら・・・! 彼は、笑ってくれると、私は」
私は、思うだけで・・・本当のとこは知れない。それでもマルコさんは瞠目していたそれを細めて、それから笑いながら「そうだねい」と、瞳を伏せて、静かに、言ったのだ。その、なにもかもを受け入れているようで、実のところまったく拒絶しているような・・・柔らかであるように見せて本当は頑なである心に、いつか、触れられればいいのに、と。いつの間にか反論も忘れてしまった私は、唇を引き結ぶのだった。
君が残した世界は斯くも美しく、 しかし躊躇いもなく君を残してなお廻り往く。→
しょうがないから・・・任されたよ、エースくん。
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