今、私はマルコと名乗った彼と机を挟んで対面している。挟んだ机の背丈は低く、私は薄い座布団の上で正座している。そしてマルコさんは座布団の上に収まり切ってない長い足で胡座をかきながら、やっぱり首の後ろを掻いて、屈んで猫背になっている。ちなみに長い足が羨ましいなんてのは思ってない、決して思ってない。そんな彼の全体像は暗い玄関ではよく見えていなかったが、なんていうか、うん、その胸の刺青とか、ちょっとおかしいというか、これはもしかしたらまずかったかなとは思ったりして。けれどそんなことは招き入れてしまった時点で今更なのでひとまず置いておく。決して現実逃避ではない、決して。
背の高い机と、椅子のセットもあるにはあるけど、なんていうか、堅っ苦しくなりそうだったので床の上を選んでみた。けれど胡座をかいてるマルコさんはそれでもリラックスとは程遠い難しい顔をしているし、家主である私は礼儀正しく正座だなんて、これは選択をミスったのかもしれない。椅子に座っても硬い雰囲気は変わらなかったとは思うけど。ただ、正座を崩すタイミングは完全に見失ってしまったというところだけがミスったなぁと思うわけで。

「すまないけどよい」
「うへ!?」
「・・・・・・いや、話、聞いてもいいかねい?」
「あ、え、あぁはい。そのために、ですからね」

完全に気を抜いてたところに声をかけられたので、変な声が出てしまった恥ずかしい。しかし彼はあまり気にしたようはなく、いや気にしたのかもしれないがスルーして本題を切り出してくれた。まぁ今の奇声には突っ込まれても辛いだけなので、ありがたいことだ。

「え、で。なにが聞きたいんですか?」
「・・・」
「あの?」
「ここの家主は、お前ェさんかよい」
「えぇ、まぁ」
「・・・ここは、どこだよい?」
「・・・・・・え、えーと? それは市とか、そういう?」
「・・・いや、あぁ・・・ここの、地名とでも、言えばいいかい」
「はぁ・・・。でしたらここは――」

そういって住所を答え、最後にそしてもちろん日本ですよ、と付け加え冗談交じりにとおどけてみせた。なんだか変な口調で話す彼は、確かに日本人っぽくないとは思うけど、だからってここがどこだかも分かってないなんて、どういうこった。なんていうか、いろんな意味で彼は大丈夫なんだろうか。私が答え終えると、彼は眉間にしわをくっきりと寄せていて。なんだか跡になりそうな勢いだ。これはアレか、もしかしなくともアレか。迷子、なのか。いやでも待て、そしたらなんで彼はこの部屋にいたんだ。はっまさか鍵でもかけ忘れて、それを迷い込んだこの人が発見して・・・って無理がある。ここはマンションの3階だ。というかさっき鍵を開けた覚えもあるのでかけ忘れた線はない。

「・・・私も、お聞きしてもいいですか?」
「ん、あァ・・・」
「どうしてここに、いらっしゃったので?」

知らずのうちに、喉が鳴っていた。この話題の核心をついた自覚があったからだ。たぶん彼が話を聞きたい、聞いて欲しいと言ったのに関係があると、ただの直感だけど、そう思っていた。そしてそれはやっぱり間違っていなかったようだと、彼の反応で分かる。

「お前・・・と、いったかよい」
「はい、そうです。どうぞ好きにお呼びください」
「・・・そうかい」

好きに、とあらかじめ言ったのは彼がどうみても年上であったからだ。雰囲気の落ち着き方とか、その喋り方とか。もちろん見た目も。現に名前を確認して呼ばれたときは、呼び捨てだったので、下手に気を使われて呼ばれないのもなぁと思ったのだった。

「・・・じゃぁ、。お前、海賊を知ってるかよい?」
「いい、え?」

かいぞく?と、とっさに脳内で変換が出来なくて、たぶん海賊だろうと思ったが。けれどそんな縁遠いものが分かるわけなくて、否定する。

「知っているか、と聞かれると、そうですね。知識としてはありますが、えぇと・・・」
「あァ、いい。次、答えてくれよい」
「え、はい」
「偉大なる航路を、知って、いるか、よい?」

なんとなく、その様子に、何故ここにいたかと聞いた自分の様子が重なった。つまりは、なにか重要な、そして核心をつかんとしているような緊張感だったのだ。けれどぐらんどらいん、なんて聞いたことはなくて。でもその真剣な様子に、今度は彼の喉が鳴りそうだと、他人事のように思いながら。

「申し訳ありませんが、存じません」

そう答えれば彼は、鳴る喉に代わるように、その息を緩く吐いていた。


果たして運命とやらの歯車は、
軋みむ音をたてながらどこまで回るのか。



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