彼の能力を見せてもらったとき、私はもう最終決断を下していた。

「マルコさん」
「ん?」
「ご住居、ないんですよね」
「あ、あぁ・・・」
「・・・じゃあ、しばらく私の家にいるというのはどうですか」

言うと彼は驚いたように目を見開いていた。あ、今までに1番くらいに目が大きくなってる、なんて失礼なことを思うけど、彼の反応からして、こんな提案をされるとは露ほども思っていなかったらしい。まぁ分かっていたけどなんというか。

「なんかマルコさんって大人ですねぇ・・・」
「なんだよいいきなり」
「いえ・・・だってそんなのまーったく考えてなかったって反応だから」
「まぁ・・・な」
「?」
「いや、考えなかったわけじゃないが」

歯切れ悪い様子で「それでもどう見ても一人暮らしの女のところに世話になるわけにはいかねェよい」と彼は続けるのだった。はあ、やっぱり。

「大人ですねぇ・・・」
「・・・」
「いやそんな睨まないでください、からかってるわけじゃないですって」
「・・・そう思いつくんなら少なからずそう思ったってことだろうよい」
「いやーほんとにそんなことないですよ?」

言ってその剣呑な目つきを見返すが、一向におさまらない様子におかしくなてってふふ、と笑う。すると一気に鋭い雰囲気は引っ込んで、やれやれといったようにため息を吐かれた。ああほら、だからそういうとこが大人だなって言っているのに。

「別に一人暮らしだから〜とか気にしませんし」
「・・・そこは気にしろよい」
「マルコさんひとりを養えるくらいの甲斐性だってあります!」
「・・・それが駄目なんだろうよい」

額を押さえながら俯いた彼に「え、じゃあどうしろと!」と少し悲しくなって返す。今の時代女だって甲斐性なきゃやってらんないってのに。当のマルコさんはその言葉には少し唸るだけで、腕を組みなおしていた。また難しい顔をしてはなにやら思案しているようだ。

「別に私はここでマルコさんを見送って寒空の下に放り出すのも難しくないんですけどね?」
「・・・よい」
「でもそれだと流石に私の良心が痛みますし・・・」
「・・・」
「別に私は、どっちでもいいんですよ? ただ、ここにいたほうが帰れる確率は高いと思いますけど」

ダメ押しだというようにつらつらとこの家にいる利点を挙げていると、帰れる確立、というところでマルコさんが反応したように思った。まぁやっぱりそこだよね。

「お話は、信じました。だからこそ、ここまで聞いといて放り出せるわけがありません」
「・・・お前は、」
「私に能力を見せたのは、マルコさんですよ」
「・・・そう、だな」

口に手を当てて言いよどむ彼に、私もそれ以上は口を噤んだ。さて、私だったら自分で言い出しておいてなんだが、こんなおいしい誘いは蹴らないだろう。しかし、彼はどうだろうか。いまだ揺れている彼にため息をつく。やっぱり彼は大人だろう、だから、大丈夫だとも思うのだ。

「マルコさん私ね、朝起きるのが苦手なんです」
「・・・朝?」
「マルコさんはどうです?」
「あァ、そう、だな。海賊なんてやっているしねい、船上での寝起きはいいほうだよい」
「ですよねー・・・?」
「・・・お前ェ」

にこり、と笑うと彼は私の言いたいことが分かったらしい。ジトリ、とこちらを見ている。いやそんな目をされましても。

「おれは男だよい」
「マルコさんは家主に手を出すような人なんですか・・・!?」
「心外だよい」
「でっすよねー!」
「・・・! だからなァ・・・! ・・・はぁ、お前さんってやつは・・・」

マルコさんは何事かを反論しようとして、でもその勢いは途中で殺がれていた。うん、よしよし、軍配はこちらに上がったようだ。

「ね、そろそろ目覚まし時計が4代目になりそうなので、どうです?」

笑いながら手を差し出して。でも実はけっこう緊張している。だからこそ私は笑ってそれを誤魔化しているという自覚もある。でもこの手を引っ込める気には、やっぱりなれなかった。

「・・・仕方ねェよい。謹んで、あんたの目覚まし時計になってやる」

やはりその穏やかな笑い方はいいものだと、握手しながら思って。マルコさんには悪いけど、彼を連れてきた世界とやらに少しだけ、感謝してもいいかなと、感じてしまって。


けれどあんたは運命の悪戯仕掛けておいて、
どうせこのさまわらってるんだ。



笑いながら眺めて、そしてまた気まぐれに物事を転がすんだ。我らが世界というやつは。

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