手を離した後、彼は改まって「悪いが世話になる」と言って抜かりなく頭を下げていた。その様子に、だから私は貴方っていう人は大人って言うんだよと思いながら、一瞬固まって、そして「やめてください大げさな!」と言って慌てながら笑った。年長者にそうやって頭を下げられるというのは、やはりなんだか居心地が悪い。私はこれでも縦社会で生きているのだ。それにそんな風に言ってもらうよりも、私はもっと言って欲しいことがあった。だから「ね、マルコさん。そこは謝るとこじゃあないですよ?」と悪戯げに笑ってみる。そうすると彼はすこし面食らったとうように固まって、そして次には目じりにしわを作りながら「ありがとうよい」と笑う。ああそう。うん、これは、いいなぁ。

「はい、そういっていただけると私も嬉しいです」

なんだか胸があったかくなるのを感じながら、私は今度こそ安堵して笑う。しかしふと目覚まし時計、と言う単語で思い出した時計を見て、私は時間の経過に驚いた。

「もうこんな時間・・・」
「ん、あぁ・・・こりゃもう外は真っ暗になっちまったねい」
「買い物もう一軒・・・あぁ・・・」

アナログの掛け時計の針はもう8時を過ぎていた。先ほど買ってきたものは日用品で、食品はまだだったのである。がくっとうな垂れる私を見て、また彼は申し分けなさそうな顔をして口を開こうとする。しかしそれが分かったので私はすかさず手をかざし「マルコさんのせいじゃありません」と言い切った。まぁでも実際問題、マルコさんもいるっていうのに、これじゃあ色々と足りないのである。私はどうしようかと腕を組みながら思案する。彼の服だって、コンビニに売っているだろうか。近所のコンビニはあいにくと品揃えが悪い。サイズもなぁ・・・と彼をちらりと窺ってその背の高さにため息をついた。服を着させたらなんでもさまになりそうだ。私は仕様がなく、決断する。

「今からまた、買い物に行ってきます」
「・・・こんな時間にかよい」
「えーっと、そちらに街灯とかってのはありました?」
「あぁ。まあな・・・ってそういう問題じゃあ」
「まー大丈夫ですよ」

私はそう言って手を振りのらくらと答える。まあ今までの彼の対応からして、こう遅い時間の買い物に賛成されないだろうということは、なんとなく予想が出来ていた。しかしだからといって仕事で遅くなるときもあるのだし、こんなこと別段珍しいことではない。ただ、億劫と言えば確かにそうではあるというだけで。

「それに色々足らない・・・」

ので、と最後まで言って彼を見やればこれは不用意な発言だったとすぐに後悔した。だってほらマルコさんの眉間すごい寄ってますもん。ああやっちまったと思いながら、考えないで発言してしまった軽率さをたたる。それでもコートを手に掴みながら買おうと思っていた品物に、マルコさんの分も追加していく。しかしながらそちらの思考に気を取られていると、いつの間にか目の前にやってきた彼にコートを取られていた。あれ?

「・・・いつの間に」
「買い物は明日にしろよい」
「まぁ、そうしたいのは山々ですが」
「だったらいいだろい」
「そうも行きませんので」
「・・・あんたが食うもんは?」
「ああ、ないこともないです・・・」

が、と言い終えて、これはさっきもやったパターンだったと早々に後悔した。私は馬鹿か。そうだな馬鹿だったな。まぁ彼の追撃をうまくかわせていないのは、本当に出かけるのが億劫な気分のせいで投げやりになっている、というところもあるにはあるのだが。かわせないというか、かわす気がないと言うか。だがそれは今、理由になってはくれない。

「まあそうゆう問題でもないので」
「分からず屋だよい」
「そういわれましても」
「・・・」

しばらく無言の睨み合いが続き、堪えられなくなったのはやはり私だった。海賊が本職の人と勝負なんてしようというのがまずいただけない。こういうのは諦めて何ぼだと、勝手に勝負した気になってなおかつ負けた心地になりながらもコートに手を伸ばす。しかしその腕はあっという間に彼に取られていて。そのしっかりとした力の入りに、胸が不穏な音を立てた気がして。けれど実際のところを白状すると、ときめいたのか、その力にとっさに慄いてしまったのかは、分からない。

「あ、の、コートを」
「・・・

名を呼びながら、彼の指がするりと腕を辿り私の指先に触れる。そして掌を掠めた撫でられる感覚に、何事かと固まる。するとそれは添えられるように持ち上げられて、次にはもう指先が彼の口元に触れていた。・・・ってん? なんですと?

「・・・!? マルコ、さっ・・・!?」
「飯抜きぐれェ別になんでもない。おれが出歩けないって言うんなら、今日はやめろよい」

そう言う彼は真剣な眼差しだった。そんなに言うほど貴方の世界は物騒なのかと笑って言いたかったのに、うるさい心臓がそうはさせてくれなかった。言い聞かせるように「な?」と手を握る力をわずかに強めた彼に。私はしばしフリーズして。

「は、い。分かり、ました」

やっとの思いで、しぼり出した返事はつっかえて滑稽に聞こえた。それでも満足そうに笑う彼を見て、早々に勝てないことを悟った私は、きっと馬鹿ではなかったはずだ。


その笑顔にまで心臓が鳴ったなんてそんな、
そんなのはきっと気のせいだ。



マルコさんに言いくるめられたい。(おい
別にマルコさんは手にちゅーしたとかそうゆうふうに思っているより誠意を表したかったんだと思われますえぇ。(・・・

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