結局説得されてしまった私は、少し遅い夕食を作ろうとしていた。彼はそんな私に「まぁ気に病むってんなら、酒があると助かるよい」とニヤリと笑っていて。まったく、悪い人だと思う。しかしまぁ、その申し出はありがたくもあった。私は燃費はいいほうなので、食は細いほうだ。だから普段から冷蔵庫の中身は少なく、彼の分が危ぶまれたのだが。そうも言っていられないので冷蔵庫を漁りながらどうしようかとまた思案する。確かにお酒とつまみなら余裕である。だか私の心持としては彼との初めての食事であり、これからのことも考えて歓迎会としゃれ込んで、豪勢にしたい気分であったのに。それはまたの機会になりそうだと思いながら、彼の申し出に甘えて夕食は軽めに作り、その代わりおつまみと新しいお酒を一本、開けることにした。

「ほォ・・・あんた普段から飲む口だろい?」
「えぇ、まぁ。そういうマルコさんもでしょ?」

その言葉に軽く笑う彼は、私にすればけっこう高い度数のお酒を水のようにさらりと飲んでいた。うん、まあ思ってた通りに酒豪のようだ。まさに海賊って感じだが、しかし皆が皆そうなのだろうか。だとしたらそれもすごいなと思いながら、少しの酔いもあり、私は思ったままにそのことを口にしていた。

「マルコさんの海賊船の人たちは、そんな人ばっかなんですか?」
「ん? あぁ、酒か。・・・確かに、そうだねい」

そして笑いながら「人一倍飲んでたのは、オヤジだったけどねい」という。その言葉の響きが思ったよりも優しく、でも寂しそうでもあって、思わず私は「オヤジさん?」と聞き返していた。

「あァ、船長なんだが、全く豪快な人でよい。言うことなんかちっとも聞いちゃくれねェんだ」
「船長さん・・・すごいですね」

確か船はたくさんの人を乗せていて、最大で1600もいたとかなんとか。そんな船の船長なんだからさぞすごい人なんだろうと勝手に想像する。頷いたきり黙ってしまった私を横目に、彼の飲むスピードは変わらない。ふむ、この際だからもう一本開けてしまおうかと考えたとき、彼はまた笑いながら口を開く。でもその笑みはやはりどこか寂しそうで、それでいてその語り方は酔いに浮かされたように朧げでどこかふわふわとしていた。酔いに任せて、なにかを吐露するように。今日飲むのが初めてなのだから、彼の普段なんて知るはずないのに、それでも彼にしては普段より饒舌なのではないかと、私は感じていた。

「オヤジは・・・すげェ人だった。船員たちを息子と呼んで、まるで本当の家族のように愛してくれたんだ。幸せだったよい」
「そう、なんですか」

私は、少しだけその話に追いつけていなかった。理解力と想像力の問題なのだろうがあいにくと、そのどちらの能力もあまりよくはなくて。ただ、彼が語るその顔が、穏やかで優しかったので、きっとその人も同じくらいに、いや、こう言われるぐらいなのだからとてもすごい人なのだろうと、それぐらいしか分からなかった。そのことを少し歯がゆく思いながら、でもそのふわふわとしたような声音は存外心地よくて、私はまた質問を重ねていた。

「でも、海賊船の船長なんて、危なくないんですか」
「まあ、確かにそうだがなァ。オヤジにかかりゃあ敵う奴なんていなかったよい」
「そんなもんですか」
「そんなもんだよい」

言いながら笑い、彼はまたお酒を飲んでいた。そのペースに少しだけ不安になって、私はもう一本開けようとしいたことを言わなかった。というより言えなかったといった方がいいのか。彼の飲み方はなんだか、溺れてしまいたいとでも言うような。

「ああ、んでな、エースっていうやつがいたんだが」
「? えー、す?」
「そう、入ったばかりの頃は、そりゃあ荒れていて、何度もオヤジを殺そうとしてたんだよい」
「えぇ!? ・・・ああ、でも・・・」
「ああ、そうだねい。毎回返り討ちにあって海に吹っ飛ばされてたよい。んでついに100回を超えてな、懲りなかったもんだ。ったく笑えるよい」

懐かしそうにそう語る姿に、海に落ちていたと言うその彼の様子を想像してみる。たしかに返り討ちにされては落ちていくその姿は名物になりそうだと、それだけはうまく想像ができて。

「ふふ、楽しそうですね」
「まぁ、飽きはしなかったよい。・・・んで、そいつァ能力者だったんだが、ことあるごとに船員が助けていたんだよい。特にサッチってやつが面倒見が良くってな。エースのやつは助けられては不貞腐れてたよい」
「えぇー・・・?」

くすりと笑いながら「助けてもらっといてですか」と言えば「あぁ、助けてもらっといて、だよい」と彼もまた笑いながら答えていた。

「ん、じゃあその人たち、今も船に?」

それは一頻り笑ったあとに、何気なく聞いた言葉だった。こんなにも話すと言うことは、きっと彼と縁が深いに違いないと、流れで聞いたありきたりな質問だと思っていた。しかし自分でもその質問が遠まわしに、彼が話すその話は過去のものだろうという確信からきていて。でも酔いのままにそれを自覚できない私は、それをどうしようもできなくて、彼の機微に気づけぬまま聞いていた。

「戦争があったって、言ったろい?」
「え、はい」

いきなりの物騒な話題転換に戸惑いながら答えて、しかしその寂しそうな微笑に、私は彼の答えに気づいてしまったようだった。その寂しさは、きっと違う世界に来てしまったという不安から来ているものだと思っていて。でも、これは。ふ、と吐息をこぼし、彼は笑いたいのに失敗してしまったとでもいうような、そんな表情のままに、言う。

「大きな戦争でなァ、皆、命懸けだったよい」

私は不意に胸が締め付けられるようで、気づいてしまった可能性にきっとそんなことはないと否定しながら、彼の言葉を聞きたくないと思いながら、それでも待っていた。

「だからそれでなァ、まぁ、死んで、いっちまったんだよい」

その言葉だけがいやにクリアに響いて、そして私は今更と、彼が語る多くが過去形であったことを自覚して。ひどく冷ややかに思考が覚めていくような感覚がして。そしてただ何も言えずに、私ができることは、その酒瓶が空くのを見守ることだけだったのだ。


世界は優しく、
だからこそひどく残酷だとわらう。



世界は優しく=皆がいない世界から連れ出してはくれたけど、けれど奪ったのも紛れもない世界で=だからこそひどく残酷で。優しくあったのならば残酷に、残酷であったのならば優しく。そうやって世界のバランスは均らされて。

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