「そうですね、私も、カッコイイお兄さんは、好きですから」

自分が言った言葉の意味をちゃんと理解するのに、そう時間はかからなかった。

なぜかって、うん、それはやっぱり素直すぎる彼の反応が物語っていたからだ。いやいや、揶揄でしたけど、そうじゃなくて、うん。私は決して狼(な男のヒト)が好きなわけなんかじゃねぇえ! と語尾を荒げながら脳内で慌てる。ただ、女の子ってだけで反応しちゃう男の性も分からなくはないよ、あはは! っていう共感のようなものを示したかっただけなのに。彼は呆れたような、照れたような、どっちつかずの反応で私を見下ろしていた。でもその目はどちらかといえば呆れたような感じが強い。ぐぬぬ、何たる不覚。迂闊に滑った口が恨めしい。
まぁ、確かに言い方を間違ったような気はする。でも、口から出たのは紛れもない本音であり事実だったので仕方ない。誰だってカッコイイお兄さんは嫌いじゃないはずだ。なんて思いつつ、言い訳としてポイントをあげるとするならば、私の言う"カッコイイお兄さん"は顔がイケメンというだけではない。顔もイケメンだけど心もイケメンでなければ"カッコイイお兄さん"では決してない。そしてこうは言ってるが、私は別に全然ミーハーなんかでは・・・なんか・・・で、は・・・。エースさんの顔を見ていたら、否定しようにもできなかったので、なんだか悔しくなった私はカッコイイお兄さん代表だと確信している彼に「ま、だからエースさんも好きですよー」と言っといてやりました。なんて何故か仕返しをする心地になっていたが何に対しての仕返しだったかは分からない。まあでもたぶん呆れられたのが悔しかったのだ。・・・拗ねた口調になった自分がますます自分を追い詰めたような気もしたけど。
けれど返ってきた視線を見上げるとその目は驚きに見開かれていて。・・・え?

「・・・いや、えと?」
「分かってるよ、ありがとな」

言いながら、にかっと笑った彼が眩しい。ええ?うん、そうですよね、彼の言葉通り、彼は私が言わんとしたことは分かってくれているはずだ。決してLoveじゃなくてLikeだって。でもそしたらあの驚きようは・・・と思うが結局答えなんて出ない。ので一応付け加えておく。

「えーと下心なしの純真なLikeですよ?」
「ぶ、純真なLikeか! ははっ分かってるって!」

それでもなお嬉しそうな彼にクエスチョンマークを浮かべるがやっぱり分からない。でも「ま、気にすんなよ」と嬉しそうに頭を撫でてくる彼にすっかり気分は妹で、うん。何度目になるか分からない、私は現金で以下略という事実に諦めすら覚えるのだった。・・・ちくしょうめ、カッコイイお兄さんのエースさんが嬉しそうに笑ってんならどうせ私は満足です!あ、でもそうだ。しかし、しかしですねエースさん。

「・・・エース、さん」
「ん?」
「いえね、エースさん。エースさんって何歳だったりします?」
「あァ、19になるが、急にどうしてだ?」
「あぁ・・・いえ・・・」

やっぱりなぁ・・・という物悲しい気持ちを隠せぬまま歯切れ悪く返答し、視線をそむける。うん、ですよねー分かってました。自分で提案した居候案だったにもかかわらず、すっかり妹気分に浸っていたがそれとはまた別に重要な点を見逃していた。え、なにかって?そりゃあお嬢さん・・・。

「そういやは何歳なんだ?」
「・・・あのですね、聞いて驚いてください」
「・・・ん?」

私は、現在、飛び切りの笑顔であることを自負している。その急であろう様子の変化に目の前の彼も何事かと若干引いていたが、でもごめんなさい。笑ってないとこの後来るであろう反応に私は平常でいられないだろう、何故かって、だってそれは。

「私、23だったりするんですよね! あはは!」
「・・・・・・・・・・・・へ?」
「うん・・・そうなんだよ、私さ・・・エースさんより年上なんだ・・・」

そのたっぷりと降った沈黙がすべてを物語っていた。うん、やっぱり笑顔はっつけといてよかったと思う。もうてへぺろとでも言ってやりたいような自棄っぱちさだったがネタが通じるわけでもないし、イタイであろうことは充分に分かっていたのでそれは止めておいた。賢明な判断だと我ながら思う。
しかし、そうなのだ、私は社会人だったし、それ相応に働いていた。だからこれは考えればすぐに分かることだった。彼の最期を思い出し、思わずと眉を寄せたがわずかにとどめて、しかし、彼は20でその、人生を。考えた途端、また唐突にこみ上げそうになったものをああこんな調子じゃまずいなあと振り切って、固まっている彼にあはは、と笑ってみせておく。まぁ、だからつまりはあれだ、最初から彼より年上なのは分かっていたが、妹扱いがなんというか思いのほか楽しかったので、言うタイミングを逃していたのだ。 だからといって、今更年上扱いしてもらうつもりもないし、むしろこのままがいいとさえ思う。しかしそれなら別に話題に上げなくてもよかったじゃないかって、それはなんていうか、それだと・・・うん、なんなのだろう。ああいや、ただ、このまま年下扱いっていうのも、それはそれでちょっと癪だったんだって言ったら、だから年下に思われるんだよって言う言葉が返ってくるのは容易に想像できてるんだけれども。そのことは自分だっていやというほど自覚しているんだけども。
ああ、でも、だって! と、言い訳は見苦しく仕方ないと思うがなんというか。なんでその歳でそんなに大人っぽいんだちくしょうめっ! っていう思いが少なからずあったのかもしれない。まぁ、日本人は童顔だとよく言われているし、その中でも自分はさらに童顔の部類に入るという自覚もある。だからきっと、驚かせてやろうという気持ちもあった。そしてあわよくば先ほどの発言はその頭からキレイに落っことしていただきたい、と先ほどの会話も引きずってみたりして。まぁそう、だから、年齢の話を振って、年上であると打ち明けてみたのだ。

「あぁ・・・そうか、いや、うん。悪かった、な?」
「はは、いーえ、私はこのポジションが案外好きだと分かったので!」

なおも固まっていた彼がようやく返したので、それに笑いながら「だからこのままの扱いでぜひ!」と手を差し出す。悪かったという割に彼の謝罪にも疑問符がついていたので、たぶんそういうことだ。え? どういうことだって? いやいや、それには深くは突っ込んでくれないでいただきたい。私は年上の矜持をかなぐり捨てて妹ポジションを選んだのだ。だからそう、始終笑顔でいるのはたぶん、いわゆるそのプライドが邪魔して素直になれてないからだ。・・・まぁ、でもさ。

「実はそうゆうことだったんだけど、だからまぁ。改めましてこれからよろしくお願いします、ということで」
「ああ、こりゃご丁寧に。なら、こっちこそ、」

そう言いながら笑って差し出す手に。包まれた大きな手の感覚に。覚える安堵はやはり、私にはいないはずなのに、なんだか兄を彷彿とさせるのだ。だからやっぱり間違っていない。年上だから、なんてそんな薄っぺらいプライドなんてもんはいくらでも捨ててやる。私はこの人を兄と慕って、名実ともに、そう呼べる日が来れば良い。まだ、曖昧な居候という立場だけど、でも。やっぱり、家族を大切にするあなたが、あなたたちが、こんなにも大好きなのだから。

「これから、どうぞよろしく」

ぎゅ、と握られた力強さに、思わず胸が締め付けられて。その力強さは、まるで彼の命の強さを表しているようで。
ねぇ、分かるかな、エースさん。貴方が生きているということが、こんなにも、私を歓喜させているんだよ。




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あなたが生きているというだけで、ここにきた価値がある。

明確に年齢出しちゃったけど別にあんまり気にすることではないとたぶん思います(え