「なら、こっちこそ、これから、どうぞよろしく」

嬉しそうに笑う彼女を見て、自分も嬉しくなった理由は、きっともう分かっていた。

ふにゃりと笑う彼女からは、もう先ほどの辛そうな様子は見えなかった。それにとても安堵している自分にまだ違和感を覚えながら、まぁ妹だしなと言い聞かせて。しかし自分よりも年上だったことが脳裏をかすめる。意外といえば意外だった。彼女もそれを自覚しているらしく笑っていたが、でもよく考えればその落ち着いた感じはそういうことなのかもしれない。それでもまぁ、笑っている姿はどちらかというと頼りなく感じてしまうのだが。しかし、末っ子卒業だと知らずの内にやはり自分は喜んでいたらしい。本当はお姉ちゃんですと言われて、一瞬だが固まってしまったのだから。でも、それでもこのままでという彼女におれは遠慮なく甘えていた。でもそうか、もしかしたらこういうところがいけないのかなと思いつつ、それでも久しぶりの兄と言う感覚が嬉くないわけがなくて。ああでも、とひとつ思う。

「なァ、さんづけはやめねェか」
「へ? どうしてです?」
「その敬語も!」
「・・・どうして?」
「むずがゆい!!」

言い切ったおれに対し彼女の目は見開かれていた。そいで次いでふふ、と眉を寄せておかしそうに笑う。

「それに元々、アンタが年上ならそれが道理なはずだ」
「・・・そうですけどね? でもエースさんはお兄ちゃんじゃないの?」
「んなら余計だ、兄貴に敬語ってのもおかしいだろ?」
「あ、あー・・・うん、そうで・・・そう、だね」

ああ言えばこう言う、といった感じだがそれを気にするでもなく、彼女は居心地悪げに視線を彷徨わせたあと、おれの申し出を了承する形で敬語を解いて頷いた。「癖みたいなものだから・・・まぁ努力はするよ」そういって頼りなげに笑った彼女だが、それでも思ったよりも容易く受け入れてもらえたことにおれは満足だった。この調子なら船にも馴染めるだろうと思って、個性豊かなといえば聞こえはいいが、どちらかというと個性的過ぎて協調性を欠くような表現になる家族を思い浮かべて苦笑する。その厳つい面々を思い出しては、あ、やっぱりどうだろうと思って彼女を見やった。海賊船といっても取り乱しもしなかった彼女は、おれの家族をどう思うだろうか。マルコに会った時のような様子になってはしまうのではないか。けれど、あれが特例だったというのは気づいているし、現に他の船員を見る彼女の目は穏やかだから、大丈夫だとは思うのだが。それでもあの寂しさと辛さを湛えた瞳を思うと、少しだけ不安になった。けれどそれはつい先程、話したかったら話せばいいと言ってしまったので、もうこちらから突っ込むことも出来ない。

「・・・ま、とりあえず今日は宴だろうな」
「へ?」
「そこで他の隊長や船員たちにもを紹介することになるだろうよ」
「・・・うっははマジかー・・・ああ・・・もう・・・」

ため息が出そうになった思考を、今から考えても仕方ないとなんとか打ち切り、誤魔化すように今宵の予定に思いを馳せる。もう日は傾いていて、宴は間もなくだろう。先ほどから人物紹介の話になると彼女の反応はこれで、気づいてないわけじゃないけれど、でも突っ込んだところで返ってくるのは気にしないでくださいとか、たぶんそんなとこだろうからあえて言葉にはしていない。まぁ初対面でいろんな人間に会うのに根気が要ることは分からなくもないので、あとの紹介は宴の際に一気にしてしまおうと考えていた。

「まぁ、そう気ィ張んな。うるせェやつらだけどよ」
「いえ・・・はい、大丈夫だと・・・思いま・・・思う、よ・・・」
「はは! 今からその調子でどうすんだ。この船にはいろんなやつらが乗ってるぜ?」

なんとも頼りない彼女の返事に苦笑した。まぁ、海賊なんていうから、粗雑な部分もあるが悪いやつらじゃない。彼女の存在を知れば妹が出来たと皆喜ぶだろう。特にリーゼントにコック姿の彼を思い浮かべて、なんだか苦い心地が広がったのは気のせいではない。今から彼の反応が目に浮かぶようで、いかにこの無防備な彼女を守ってやろうかとため息を吐いた。まぁこれも今からそんな心配をしても仕方がないかと思考を打ち切る。そしてそこで話題が尽きたという感じもあって、おれはひとつの疑問を口にした。

「そういえば、お前どこの出身なんだ?」
「・・・へ?」
「急に出てきたときは驚いたけどよ、あるだろ? おれが育ったのは東の海でさ・・・お前は遠くから来た、って感じはするけどな、車、っつうのも耳慣れねェし、海列車のことか? っつたらひかれたっておかしいか・・・やっぱお前どこから・・・」
「・・・っ」
「・・・?」
「い、え」

返事のない彼女を疑問に思って改めてその表情を視界に捉えれば、彼女はひどく躊躇っている様子だった。口を開こうとして、閉じる。ぱく、ぱく、とそれをゆっくり繰り返して、でも結局音にはならない。その様子に、ああこれはまずい話題だったのかもしれないと思い当たった。彼女が置き去りにしてきたものには、もしかしたら故郷も含まれているのかもしれなくて。そうだとしたらこれは少し思慮が足りなかったかもしれないと、また考えの詰めの甘さに苛立つはめになる。しかし彼女の様子を見ていると、そういうよりは、なんだか一生懸命に言葉を探しているようで。はてどうしたのかと、彼女の言葉を待った。

「そう、だな。隠すのはよくない・・・か」
「かく、す?」
「ふふ、うん。そう、ですね。驚いてくださいよ」
「・・・なにに?」
「いえね、エースさん、私ね。なんか、」

おれはふと彼女は何かを打ち明けるとき、いえね、といって名を呼んで言葉を前置くことに気がついて。彼女のいっそもの言えぬ雰囲気に一体何が始まるのだと一瞬身を固くしたが、彼女はおれの手を取ってふわりとゆるくわらっていて。でも彼女の顔は、笑っているのになんともいえなくて、強いて言うなら悲しそうであった。その表情に敬語に戻ってるぞ、なんて茶化すこともできずに。

「この世界の人間じゃあ、ないんですよ」

耳に届いた言葉は完全におれの思考を置いてけぼりにした。まるで時間が止まったような錯覚に陥って、彼女の手に僅かに込められた力で我に返る。そんな彼女の顔を見ると泣きそうなように笑っていて、今日はよくこんな表情の彼女を見るなぁ、なんて呑気に頭の隅で考えてみて。そんな風に思っている場合かと、自分の呑気さに眉を寄せる。それでも、そんな風に呑気に思考を飛ばしてしまったのは、彼女の言葉がいまいちよく理解できていない所為もあって、まじまじと彼女を見詰めた。すると彼女は困ったように笑うだけで、その表情におれはただ漠然と、ああ、彼女の言葉は嘘じゃないんだ、と感じることしか出来なかった。




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エースは巷では弟気質だったりワンコ気質だったりが流行のようでいやそれも勿論おいしいいいと思うんですけど。でも原作を考えると彼は「力に屈したら男にry」っていうちょう男前というか漢前なわけでして、弟気質よりは兄気質が強いと思うんですよね。だからえぇとつまるとこ当連載はそんな感じを目指したいわけです。(玉砕だけどね!)でもやっぱ白ひげの兄貴たちに甘やかされて愛されてればいいんだ!とも思うのでその辺のバランスがまだちょっとどんな感じにしようかといったところであります。