「無理しないでいいから、ゆっくりでいいから、聞かせてくれよ」

引き結んだ唇よりもなにより、あまりにその心が痛そうだなんだと、彼女は分かっているのだろうか。

意思を伝えるときに目をそらさない彼女は、きちんと"理解している"人間だと思った。けれどそんな彼女が言いよどんだとき、彼女は分かりやすいなと、感じていた。それでも装っているつもりであろう彼女は、でも全然、うまくできていなくて。器用なようで不器用だなと、苦笑する。
ゆっくりでいいと言ったのは、嘘じゃない。自分もそうであったように。それでも、はやくその瞳を揺らす原因が、取り除かれれば良いとは確かに思って。見ていて、しっかりとしていた瞳が揺れるその様はなんだか、苦しくて、つらそうで、だからたまらなくて。やっぱり落ち着かないのだ。それがマルコを目にした途端顕著になったものだから、彼自身も不可解だったろう。それでも出る幕じゃないとこちらに言葉をかける態度は、伊達に長男をやっているわけではないなと思ったりもするわけで。
知人に似ていて、そう言った言葉は、多分違う。本当にそんなやつがいたのかもしれないが、でも、その態度はちっとも知人を見るような感じじゃなかった。辛くて、傷ついているようだった。マルコにもそれが分かったのだろうから。彼は、人相は悪いし、愛想もあるとはいえないし、言葉より手が先に出ることがどっちかていえば多い。それでも、人一倍敏くて、家族にはやっぱり優しい。だから、しっかりお前が面倒を見ろと、そうおれに言ってきたのだ。

ふと、彼女の手を見ると力が込められて白くなっていた。思わず名前を呼んでその手を解くように触れると、彼女は情けない顔をしながらこちらを見上げていて。笑う場面でないのは分かってるのに、思わず噴出してしまった。

「ぶは、だから無理しなくていいつったのに」
「だって・・・」

彼女の八の字になった眉を見ながらふに、とその頬を押すと、彼女はやっぱり情けなくも、それでもへにゃりと笑って。つられて仕方ないなというように自分も笑ってしまう。おれの眉もきっと八の字になっているだろう。

「ま、分かった。お前ェが話したくなったら、話せよ」
「エース、さん」

ありがとうございます、とやっぱり八の字な眉のままだけど、微笑む姿に少し安堵する。本当は、ゆっくりで良いといっても、無理やり吐かせてしまったほうが良いのではないかとも、少し、思っていた。けれどそうすると、彼女が今以上に傷つくであろうことは目に見えていて。そんなことはやっぱりできないと思う、海賊らしくない自分に、少し、わらう。おかしいな、彼女は出会ったばかりで、居候で、こんなに思慮する相手だったろうか。でもやっぱり、どこか妹みたいだから、ああそうさ、分かっているじゃないか。出会った時間が少なくたって、もう彼女には、傷ついて欲しくは、ないんだって。

「気にすんなよ、んで・・・」

早くおれたちの家族になっちまえ、言いそうになった言葉は飲み込んで、「・・・はい?」と不思議そうに首を傾げた彼女の頭を撫でながら「なんでもねェ」と笑う。すると分かりやすく赤くなって慌てる彼女が面白くてくくく、とまた違う笑みが浮かぶ。いちいち反応する彼女は初心で、でもそんなところが今までに相手をしてきた女たちと違って、かわいらし・・・って、いやいや待てよ。

「・・・エースさん、どうしました? 顔があか」
「なんでもねェ・・・」

さっきまで赤い顔をしていたのは彼女だったってのに、触れていた手をはずして、言われそうなった言葉をさえぎって、顔はそっぽを向けて無理やり歩き出した。訝しげに、それでも素直についてくる彼女を視界の端で捉えながら、それでも自分が思ったことにひどく動揺していて。おれはそれを誤魔化すように呟くのだった。

「・・・いやな。おれァかわいー妹が野郎共に取って喰われねェか心配なんだよ」
「!? ・・・いやいや、なにをいきなり仰ってやがるんです!?」
「んー目が離せねェとかまずいよな?」
「いやだから!?」
「だってよお前ェ、狼の前に羊投げ入れたらどうなると思うよ?」
「・・・」

急に突っ込みの勢いがなくなって、彼女は暫し沈黙したあとふ、と遠くに視線を送った。それを見て、自分も一緒に明後日を見る。まぁ、白ひげの船員たちはちゃんと弁えているだろうから、実際はあまりその辺の心配は要らないし、していない。の、だが、それでもやっぱりこいつは羊に見えて仕方ないだろうなとも思うわけで。「・・・羊ってもしかしなくても私ですか」と静かな彼女の問いかけに無言で肯く。

「いやでも、私、美味しくはないです、よ」
「・・・あのなァ、分かってねェよ!野郎ってのは女ってだけで目の色が変わるんだぞ」
「いやはは! まぁほらでも、分からなくはないですよ。そうですね、私も、」

揶揄に揶揄で返す様が少しおかしいなと思いながら、それでも狼もとい野郎とはいかに危険かを危機感ゼロの彼女に説く。しかしそんな説明もむなしく彼女は笑いながら、爆弾を投下するのだった。

「カッコイイお兄さんは、好きですから」

「目の色変わっちゃいますかねー?」と笑う彼女に、瞬間、忘れかけていた熱が顔に集まるのを今度こそ感じていた。しかし彼女はへらっと笑うばかりで、その言葉に他意がないのは分かっていたし、別に言われ慣れていないという訳でもない。そして今は自分に言われているわけでもないのも分かっている。なのにこんな、これではまるで自分が初心のような反応ではないか。

「お前・・・なァ」
「・・・?」
「いや・・・はあ」
「・・・・・・! ええ!? いや深い意味はありませんよ!?」
「分かってる、分かってるからそれ以上何も言うんじゃねェ」

テンガロンハットを被り直して、これが呆れからきた言葉だと受け取ってくれれば良い。どう伝わったか知らないが、彼女はうろたえながらも必死に否定の言葉をつむいでいた。そしてそんな彼女もこちらの照れが移ったかのように赤くなっていて。複雑な心境で、照れてしまったのがバレただろうかと思案したが、赤くなりながら否定した彼女に、そんな反応は否定する上では逆効果なんてのはきっと分からないのだろう。ああくそ、完全に不意打ちだったんだ。彼女の言葉はとても、心臓に悪かった。そう、それが例え揶揄での表現だと、分かってはいても。

・・・狼が好きなんぞ滅多なことを言うんじゃねェ!

本音はもちろん、言えたわけがない。




×

シリアスやったあとはむずがゆい感じに甘じゃないとやってられん!!(←
あと個人的にカッコイイお兄さんが好きだと叫びたかtt(ry