「なんか、この世界の人間じゃあ、ないんですよ」

彼にだけは誤魔化したくないと思ったのは何故だろう。

それは彼にこの世界に来た瞬間を見られていたからか。それとも彼にはどうしてここに来てしまったかを告げていたからか。分からない、でもひとつだけ、あの真摯な瞳の前で嘘をつくのはもうごめんだということだけは、分かっていた。ぱちり、と彼の瞳が瞬くのがやけにゆっくりに思えて、私は思わず笑っていた。

「あはは、話すと面倒・・・いや、ややこしいんだけどね?」
「オイ」
「いやいや真面目に説明するよ」
「・・・」

そういっても疑わしそうにこちらを見る目に苦笑する。

「えぇと、じゃあとりあえず部屋に着いたら詳しく話しましょう」
「・・・おう」

しぶしぶといった様子がまた笑えたが、真面目な話なのだからそれも不謹慎かと思い笑いをかみ殺す。会話はそこで途切れ、目指すはマルコさんが当ててくれた部屋だけだ。

「・・・ここ、ですか」
「あぁ、元々は倉庫だったらしい」

そこは扉が並んだ一角で、開いた部屋はやけに棚が多く、元倉庫というのも頷けた。少し塵っぽい空気に、窓を開けようとするがなかなか高いところにあって、背的にけっこういっぱいいっぱいで情けない気分になる。それを見かねたのかエースさんが「ほらよ」といって軽々と開けてくれたので、少しばかり足りない背にまた悲しくなりながらお礼を言った。

「元々はナースが増えたときに部屋にする予定だったらしいな」
「・・・え、大丈夫なんですか」
「ん、あぁ今はちゃんとナース用の部屋がある」
「なる、ほど」

ならば完全にラッキーで空き部屋を貰えたということか。女であるからといってたかが居候に部屋を割っていいのだろうかとも思うが、一人部屋がもらえるというのはなによりありがたいのでそこは黙っておく。いいか、何度も言うが、私は現金なのだ。異論は認めない。と、ひとり脳内で誰にするでもなく言い訳をしながらくるりと部屋を見渡す。棚のほかには簡易的だが机と椅子とベッドもあるので申し分ない。いやこれ本当にいのだろうか。内心ではしゃいでいると、静かな目線がこちらを見ていたことに気づく。

「・・・で」
「はい?」
「・・・お前」
「あーはい! 話しますから!」

だからそんな剣呑な目つきしないでくださいよ、と慌てて居住まいを正す。所在なさげに突っ立てるのもなと思い、ベッドに腰掛ければ、エースさんは椅子に座った。

「え、えーと何から話しましょう・・・?」
「・・・何でも、と言いたいとこだがそうだな。・・・まず、この世界の人間じゃないって、どういうことだ?」
「えぇ、と」

直球な疑問にどうしようかと思案する。何から話せばいいのか本当に分からなかったが、まず、自分は日本というところにいたと言い、車のことも説明する。そしてそこには海賊もいなくて、平和だということも。ぽつりぽつりと話すうちに、要領を掴み、気づけばつらつらと自分の身に起きたことや、身の周りのことを話していた。

「誰かに飛ばされたって訳じゃなく?」
「はい」
「どこの海の生まれでもない?」
「・・・はい」
「・・・それを・・・信じろ、ってか?」
「・・・っです、よね」

はは、と情けなく笑うしかなかった。自分で話していて、ありえないことだらけだったと痛感したからだ。これなら彼の言うとおり、どこぞの海から誰かの能力で飛ばされてきたという方が説得力があったように思う。でも、信じてもらえるという期待がどこかにあったのは事実で、落胆している自分が滑稽で、笑うしかなかった。それでも泣くというのはもってのほかで、そんな選択肢は私の中に存在してなくて、唇をかみ締めた。滲みそうになった視界を叱咤して、わらう。

「ごめんなさい、やっぱり無理があるね、わすれ」
「信じるぜ、おれは」
「・・・!」
「なんせ突然現れたしな!」

そう言ってふはは、と笑って私の頭をぐしゃぐしゃと遠慮なく彼は混ぜた。それにしばらく放心しながら、私は言われた意味をようやく理解して我に返る。

「ど、どうして・・・!」
「だって嘘じゃないんだろ?」
「そうですけど!」
「敬語戻ってるぞ?」
「・・・! そうじゃなくて!」

今度は別の意味でじわじわと滲みそうになった視界を、唇を噛んで誤魔化して、彼を見据える。でもその瞳は相変わらず真っ直ぐで、いとも簡単に、素直に、私はこの瞳には敵わないのだと思い知らされる。

「・・・信じて、くれるんですか」
「うん? まぁな」
「じゃぁ、もうひとつ」

私は、まるで試すように言葉をつむいでいた。

「ひとつなぎの大秘宝、という言葉は、こちらにも存在します」
「・・・!どういうことだ!?」
「ある物語に、出てくるんです」

そこから私は、丁寧にその物語がこの世界のことを指していることを話した。それに彼は驚いていたが、彼しか知らないようなことを話せば、信じてくれた。しかしひとつだけ、彼の出生にまつわることは、触れなかった。自身の正当性を示すためだけに、その話に触れてはいけない気がしたからだ。そして私は話しているうちに、黒ひげの存在を鮮明に思い出していた。思い至った瞬間に彼の手を掴みそうになって、慌てて理性がそれを留める。しかし私は、はやくそのことを伝えなければと必死になっていた。

「そう・・・! そうだった・・・!! エースさん、黒ひげ・・・! サッチさんが! ――に!! え・・・!?」
「サッチ? サッチがどうした? ・・・?」

ティーチに、そう言おうとした。それなのに言葉は音にならなかった。嘘、と思いながもう一度言葉にしようと試してみても、ぱくぱくと唇がぶつかる音が鳴るだけだった。ああ、そうか。そうなのか、あぁなんて。

「い、え。・・・ティーチさんを、ご存知で?」
「ん? あぁ、うちの古株だぜ。やっぱよく知ってんだな、

すげェや、と笑った彼に、今度こそ私は泣きたくなった。どうして、ああどうしてだ。

私は、無力だったのだ。

それを今、たった一瞬で思い知らされた。どうしようもなく、嘲笑われた気さえした。くそが、と誰に言ったかも分からぬ悪態を吐いて、ぎゅっと力強く手を握って、目を瞑る。

「おい、・・・?」
「はい・・・」

咎めるように名前を呼ばれて、握った手に彼の手が重なった。そしてもう一度諌めるように名を呼ばれたので、私は諦めるようにゆるゆると手から力を抜く。するとその様子に満足して安堵したように彼が優しく笑うから、私は、たまらなくなる。

「お前が、さっきから何を不安に思ってんのか分からねェ」
「・・・はい」
「けど、きっとさ。これも、何かの縁なんだ」

くしゃり、と撫でられる髪が音を立てて。その優しい温度がたまらなくて。
失うのか? 私は見ていることしか出来ないのか? この暖かな温度が、冷めていくのを。
あぁそれは、なんて。

「だからな、兄貴は頼れよ?」

なんて、残酷なんだろう?

そういって笑うエースさんに、私は唇を噛んだ。「じゃぁ、お願いですから、船を、降りないでくれませんか」そう言った私に、彼はおかしそうに「なに言ってんだ?降りる予定なんてねェよ!」と笑うのだ。その笑顔が、まるで胸を抉るようだった。うそつき、言葉にならないそれは、言葉に出来ないそれは、私の胸を裂くようで。

あぁ、こうも、胸がいたい、なんて。




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最近エースの死は乗り越えなくてもいいんじゃないかなと思います。(オーイ)というかエースの死を乗り越える気が全くない自分に気がつきました。もういいんじゃね、一生悲しんでても←