「何かの縁なんだ、だからな、兄貴は頼れよ?」

なにかに焦れるように揺れた瞳にくらりとした。

どうしてかそこに宿った熱に勘違いしそうになって、馬鹿じゃないかおれはと思考を冷ます。というか何と勘違いするんだと自分に突っ込んで、それでも、ただその縋るような色は心臓に悪くて、彼女が口にした船を降りないで、という言葉に頷くしかなかった。というよりもそんな予定はこれっぽっちもないのが事実なので、否定のしようもなかったというのが実際だが。

「・・・といっても私は居候ですけどねー?」
「・・・可愛くねェな」
「可愛くなくてけっこう!」

一瞬知れた色と、沈んだ空気はどこへやら、からからと笑う彼女と同じように笑う。というか笑わないといけないような気がした。冷静になってあの色の正体を、追ってはいけない気がした。

「オヤジには、話さないのか?」
「・・・話しますよ」
「そうか」

その言葉に安堵する。彼女の身元を預かっているのは、オヤジだ。だから正直に話して欲しいと思っていた。それにきっと、オヤジなら何も言わず聞いてくれる。それは彼女も分かっているはずだ。

「・・・でも」
「ん?」
「他の方には・・・異世界からというのは伏せておこうかと思います」
「・・・何故だ?」
「・・・なぜ、・・・そう、ですね」

聞き返した言葉こそが何故だといわんばかりに、彼女は呆けたように呟いたが、次いではっとしたように「無用な混乱は、避けた方がいいじゃないですか」と曖昧に笑った。その言葉に、おれは眉を寄せた。確かに異世界の住人ともなれば驚くべき点ではあるだろう、だが。

「だからといって偽る必要がどこに、」
「エースさん」
「・・・なんだ」
「私が・・・私が嫌なだけなんです、分かってください・・・」

遮られたそれに不服を感じ、言葉に乗せれば彼女は困ったようにそう言った。その困惑したさまに、まだ彼女の中でも十分に整理がついていないということがちらりと窺えて。不用意に不服を乗せた言動をしてしまったことをエースは反省した。分かっている、こういうのはおれの悪いところなんだ。

「・・・分かった。まぁおれがどうこう言う問題じゃねェし・・・お前がそういうなら、何も言わねェ」
「はい、ありがとうございます・・・」

ほっと安堵する様子を見て、言い難いことを言わせてしまったんだなと、やはり反省した。その沈んでしまった面差しに、咄嗟に彼女の手を引いていた。それはもう良い時間だったのと、今から始まるであろうその空気を肌で感じることができたからだ。
不思議そうに「どうしたの?」と聞く彼女に、おれはただニカリと笑う。

「・・・宴だ!」

そういって甲板へ続く最後の扉を開け放てば、そこは一際騒がしく飲めや歌えや踊れやと、笑う家族たちでいっぱいだった。引き摺られた格好になっていた彼女が、その様子に息を呑んだのが目に入ると、おれは構わずに彼女を甲板の中心へ連れて行く。

「よっ! エース! 可愛い子連れてるじゃないか!」
「うるっせーよバカ! そんなんじゃねェ!」
「エ、エースさん!」
「ちょうど良いだろ、とりあえずさ、楽しめよ!」
「でも・・・!」

そういって簡易的に出された椅子に彼女を座らせれば、あらかじめテーブルに並べられていたもの以外にも次々と色取り取りな料理が並べられていく。目を白黒とさせて慌てている彼女をよそに自分もその隣に腰掛け、さっそくと料理に手をつける。

「お! エース、この子がうわさの彼女?」
「ん、おおサッチ。・・・あー・・・まぁそうだぜ」
「何でちょっと嫌そうなんだろうね!?」
「自分の胸に聞いて見やがれ」
「・・・ごほん、ええっとおれはサッチっていうんだ、君は?」
「・・・え?あ、はい、です。よろしくお願い・・・します?」
「おお、よろしくな、ちゃん! なんでも聞いてくれ。いやぁこんな可愛い妹が出来るなんておれァ嬉しいぜ・・・!」
「・・・サッチうるせェ」
「おいエース!?」

がぶり、と肉に食らいつきながらちらりとを窺った。そうすると笑っているのに、なにか、違和感を覚えて。けれどそれ以上違和感の正体が掴めなくて、さらにサッチの騒音にかき消されるようだったから思わずと毒を吐いて。それにあはは、と面白そうに、でも苦笑している彼女にはもう違和感が感じられなくなってしまった。まるで撒かれるような心地で、あぁ"逃がしたな"なんて思ってみたりして。掴めなかった違和感の正体をサッチのせいにして、容赦なく彼に追加の料理を頼む。そんなおれの様子に喚きながらも料理を作りに行ってくれるあたり、彼の気性は窺える。うん、悪いやつじゃねェ。そんなのは分かっているんだが。

「・・・ふふふえーすさん、楽しいれすねぇ」
・・・?」

あれ、と思った。これはおかしい。それはサッチが席を立って少し経ったときだ。さっきまで彼女はこんな陽気じゃなかったのに。と思ったら彼女の手にはしっかりとグラスが握られていて。考えるよりも早く察しがついた。

「サッチのやろう・・・」
「ふふふー」

ずいぶんとご機嫌にグラスを揺らす様子は、どう見ても酔っ払いだった。まぁ別に飲むこと自体は良いんだが。いいのだが・・・ちょっと無防備さがアップしている気がしてならない。

「ほいよ、追加だ」
「・・・サッチ、に酒、渡したか?」
「あぁまぁな。それがどう・・・・・・あー・・・」
「まぁ別にいいんだけどよ・・・」
「ってわりにそんな顔じゃねェようだけど?」
「・・・うるせーよ」
「かー相変わらず可愛くねーなお前!」
「だぁあ止めろよ!」

そういいながら、おれの頭をぐしゃぐしゃにするサッチの手が鬱陶しくなって追っ払う。それでも笑っているサッチに、今度は居心地が悪くなって。こういうのは未だになれない。どうして良いか分からなくなる。そうして突っぱねてしまう自分は、確かに、可愛くないのだろうと思う。

「まー一回酔ったとこ見といた方がよくねーか?」
「・・・まぁそう、か?」

単純に彼女がどう酔うかにも興味がある。しかしちらりと見た彼女はふらふらと席を立っていた。あれ、酔った彼女はなかなか行動派らしい。

「どうしたよぉ嬢ちゃん?」
「いえー自己紹介をぉと思いましてー」
「あー? 自己紹介だぁ? そりゃいい!」

ほかのやつらに話しかけられても臆することなんて露ほどもなく。ははは、と笑う彼らに彼女は機嫌よく笑い返している。あぁ、大丈夫なのだろうか。すぅっと息を吸ったかと思うと彼女は言葉を発していて。

「皆々様、わたくしと申します!お初にお目にかかりますが、」

くるりと上機嫌に彼女が船員たちのほうを向く。ずいぶんと出来上がっているなぁと思うが楽しそうなので放っておいてしまった。なにが続くのだろうとおれも口の端を上げながらその様子を確かに楽しんでいて。周りも騒ぎ立て彼女が楽しそうにしているのはいい。そのことでまた周りが楽しそうならなおいい。楽しいこと尽くしで、これ以上いいことはないのだろうと思えた。

「異世界から来ました、どうぞよろしく!」

しかし、おれは思わず酒を噴出した。きったねェなと横から文句が聞こえたが構っていられなかった。オイ、あいつ自分で生まれは伏せといてくださいと言ってなかったか。いいのか? 知らねェぞ? おれは。別に彼女が隠す必要がないと思うのならおれは止めない。故郷を偽るということは、彼女は嘘をつかなくてはいけないということだったからだ。そんなことは、させたくなかった。だから彼女の中で踏ん切りがついているのなら、一向に構わないと思う。それが酒の勢いで、っていうのが些か気になったがもう知らない。周りに囃し立てられ「異世界ってどこだよ? 新世界か!?」という質問に「違いますー! 日本ですー!」と上機嫌に答える彼女に苦笑する。何はともあれ、彼女がこの船に馴染めるのなら、おれはどうだって一向に構わないのだ。




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