「お初にお目にかかりますが、異世界から来ました、どうぞよろしく!」

記憶があることを心の底から呪ったのはこれが初めてだ。

どうにか部屋に戻れたらしい自分は、しかし昨日の己の発言に打ちのめされていた。アホだ、どう考えてもアホだ。酒癖は悪くないほうだとこれでも思っていたのだが、あれは完全に酔った勢い任せの発言だった。完全にやってしまった。エースさんが呆れているであろう様子がまざまざと目に浮かんで思わず片手で顔を覆った。自分から公言しないでと言っておいて、だのに自分で公言してしまった。あまりに滑稽だ。泣きたい、うんそうだこれは最早泣きたい。

「おーい、生きてるか?」

部屋の外から声が聞こえて、すぐにエースさんだと分かる。生きてるかって、その質問はあんまりじゃなかろうか。でもたぶん、これはつまりバッチリとエースさんにも聞かれていたんだろうな、とどこか確信した。

「・・・辛うじて・・・」

震え声でやっとこ答えた。私は幸い二日酔いにはあまりならない方なので、その声は体調が悪くて、とかではなくて自分のやらかしたことに途方なく落ち込んでいたからだった。

「おう・・・ほんとに辛うじてって感じだな。入ってもいいか?」
「え? あ、あー1分待ってください」

大して考えずに言って、あれ、1分って短いかな、と思ったりもしたが宣言してしまった以上慌てて身なりを確認する。というかお風呂に入った方がいいな、と考えてその前にエースさんと接触するのかと思うと少し気が引けた。すん、と鼻を寄せるとお酒のにおいがしただけだったのでまぁ大丈夫かなぁと妥協する。乙女にあるまじきとか今は考えないでおくことにした。

「入るぞー」
「はーい」

律儀に断りが入るので、少し意外に思う。彼はそういったことにあまり頓着する方ではない、つまりは挨拶なしに突撃してきそうだと思っていたのだが、そうでもないらしい。ってさすがに失礼か、と苦笑して入ってきた彼を出迎えた。

「・・・なんで笑ってるんだ?」
「いえ、エースさんて礼儀正しいんですね」
「あ? あー・・・まぁ、な。マルコとサッチがうるせぇし」

そういって少し口元を引きつらせたのを見て、それを軽く笑っていたらほい、とコップを差し出された。

「・・・?」
「水だよ、持ってけって言われたんだ」
「・・・ありがとうございます」

誰に言われたのか少し気になったが、あとで問えばいいかとコップを受け取って口をつける。思っていたよりも喉が渇いていたのかそのまま飲み干して、コップを机に置こうとすると、それをエースさんが受け取った。

「え、と?」
「あぁ、俺が持っていくからまだ寝てていいぜ」

朗らかに笑ってどこかあやすように言われた言葉に、そうか私は二日酔いと勘違いされているのだと理解する。そして一瞬反応に困ってしまった私は、この誤解を解くべきかお言葉に甘えて寝ておくべきなのか迷っていた。いや、本当はすぐにでも誤解を解いてよかったのだが、もう少し気持ちを整理した方がいいのかもしれないとも考えたからだ。けれど押し黙った私を具合が悪いと思ったのか、エースさんは心配そうな顔で覗き込んで頭を優しくぽんぽんと叩くので、それに良心がぎしりと痛んだ。結局嘘をつけない心にため息を吐きながら、私は「二日酔いとか具合が悪いとか、そういうわけじゃないですよ」と言って微苦笑した。

「あれ、そうなのか?」
「えぇ。まぁちょっと羽目外したなぁとは思いますけど」

乾いた笑いをこぼせば、エースさんは「あぁ」と思い当たった顔をして、うんうんと頷きながら「そういやそうだったな」なんてニカリと笑った。あぁやっぱ私のセリフは覚えているのかとどこか悟りそうになりながらも、自分からあえてそれを蒸し返すなんてことはもちろんしない。話を逸らすように「お水って誰に言われたので?」と聞くと何故か少しだけ歯切れが悪そうに「あー・・・っと、サッチ、だけど」と言うので「そうですか」と軽く流しながらもあとでサッチさんのところへ行こうと決める。

「んじゃー動けるっていうなら・・・風呂、行くか?」
「・・・エスパーですか」
「・・・そんなんじゃねぇけど」

否定した彼の視線が僅かに泳いだので「・・・もしかしてサッチさんですか?」と聞けばこくりと静かに頷かれた。その様子になるほどサッチさんはやっぱ女性の扱いに長けているのかもしれないとどこかイメージ通りで納得する。

「あー、着替えってどうすればいいんでしょう」
「行く前にナースのところに寄ればいい、ってか風呂とかの案内はナースに任せるからよ」
「あぁ、そうですよね」

確かに女性を風呂に案内するのに男をつけるというのも憚られるのかもしれないなぁと考える。そしてまぁ、この人に限ってそんな疚しさはないと思うけどな、と余計なところに思考を飛ばしてしまった自分に苦笑した。

「んじゃ、行けるか?」
「ああはい。何から何までありがとうございます」
「気にすんなよ、っていうか敬語!」

ビシリ、と指を指されて「あ」と口元を押さえた。全く忘れていた。そんな私の様子に少しだけふくれっ面をした彼が幼く思えて「ごめんごめん」とあやすように笑ってしまった。それにますます頬が膨れた気がして、それが尚更おかしかった。
彼に案内されたナースさんたちが住んでいる部屋は、なんていうか絵に描いたように女性らしい部屋だった。小物が可愛くてオシャレで、まぁつまるところ自分のような人間は一歩引いてしまうような、そんな感じ。お風呂までの案内として紹介されたナースさんの、にこやかな顔と差し出された手を見比べて完全に後ずさりしそうになった自分をどうにか諌めた。なんだここは美人が平均なのか美人が標準なのかそうなのか。吹き荒れた心を誤魔化して私は精一杯笑ってその手を握り返した。それを確認したエースさんは「そういや、ドクターがあとで医務室来いって言ってたぜ」とさらりと重要発言を投下して、手を振りながら去っていった。・・・エースさん、そういうことはもっと前もって言ってくれませんか、ねえ。

「ふう・・・」

広い浴室にため息が僅かに反響した。案内してくれたナースさんは愛想が良くって、美人に微笑され慣れていない私は始終挙動不審であっただろうと少し落ち込みたくなる。
銭湯のような広さに感心していたが、どうやら湯は張っていないらしく、そういえばここは船の上だったと真水の大切さをぼんやりと実感した。今朝飲んだ水も大切なものなんだよなぁと考えていれば、それに併せて笑ったエースさんが思い浮かんだ。彼はどうして私にそこまでしてくれるのだろう。ふと沈んだ考えに、ずいぶん詮無いことだと笑った。彼の性分に他ならないのは、自分が良く知っているじゃないか。
・・・もう少しだけ、そうもう少しだけだ。彼の優しさに、この船の優しさに縋らせてくださいと、誰に願うわけでもなく、けれどどこか許しを請うようにもう少しだけ、と繰り返して。現代と大差ないシャワーに少しだけ驚きなを覚えながら、とめどなく溢れる思考を打ち切るようにぎゅっと栓をひねった。
そうしてざあざあと水が身体を叩く音を聞きながらシャワーを浴びていると、ふと、一枚の薄い膜越しのような感触の遠さに、違和感を覚えた。温かいとは思うのに、なんだか水の勢いを感じきれていない。それを不可解に思いながら、感触を確かめるように手のひらをぐっぱと握って開くという動作を数回繰り返して。けれどそれでも違和感は拭えなくて、きっと疲れているせいだと目を伏せて、その些細に感じた不一致を、流れる水と共に思考の隅に押しやった。
風呂を入り終え、ナースさんから借りる、ではなく気前良く譲ってもらった服のサイズにまた心を荒れさせながら、それに袖を通した。その間にドクターに呼ばれていたことをしっかりと思い出して、抜かりなく医務室に寄る。医務室の入り口は扉がなくて室内が窺えて、中を覗くとエタノールの匂いが鼻をかすめるから、こういうのはどこも一緒なんだなぁと思わず笑った。

「お、来たか」

声がした方を見れば、カルテらしいものを持った白衣の男性が立っていた。そしてそのセリフに、この人が私を呼んだのだと見当をつける。

「はい、えと、どうして私は呼ばれたんでしょうか」
「ん、あぁエースのやつ説明してなかったか・・・ったく。ええとな、船に乗ってるやつの健康状態を管理するために新入りはとりあえずカルテ作るんだよ、あと色々と細かい質問とかな」
「へぇー」
「ってもそんな大層なモンじゃねェけどなぁー」
「あれ、」

どこか感心して頷いていると、エースさんが背後に立って言葉を発していた。それに驚いて「エースさん」と呟いて目を見開けば、ドクターが「お前が言えた義理か!」と手に持ったカルテでその頭をはたいていて、そんなお約束のやりとりにくすりと笑った。
そしてドクターに「ちょっとそこに座っていろ」と指示されたので大人しく椅子に腰掛ける。ドクターは棚から様々な書類を引っ張り出していて、これから何が始まるのだろうとそわりとしてしまう。けれどふと動きを止めたかと思うと、ドクターは思い出したように言った。

「そういや、お前、運がいいな」

ぼうっとドクターの行動を目で追っていたので、かけられた言葉にぱっと顔を上げる。言われた言葉の意味が分からなくて、少し呆けながら聞き返していた。

「なにが、です?」
「いや、なにがってお前」
「あぁ。そういえば言ってなかったな」

お前こそ何を言ってんだとばかりにドクターに苦笑されたので、なんのことだと首をかしげた。けれどその反応に、エースさんがドクターと変わるように答える。そしてますます分からないという顔の私に、心得ているとばかりに彼は笑って、とても軽やかにそれを告げた。

「明日、この船は島に着くんだぜ」

私は、ポカンと間抜けに口を開いて彼を見詰めた。呆気に取られるとは、まさにこのことであると思う。けれどエースさんはにこやかにこちらを見ているだけで、それ以上言葉を重ねるつもりはないようだったから、私は思わず頭を抱えて俯いた。
だってまさか、こんな怒涛の展開になるとは思っていなかった。トリップしたと思ったら宴で、しかもそこであろうことか異世界人だって自らバラして、それでもめまぐるしく回る世界にやっとの思いでついてきたら、そしたら今度は上陸と来たもんだ。これは些か、イベントが多すぎる気がしてならない。けれどこれからの生活を考えれば必要なものはたくさんあって、私は確かにこれ以上なにかを借りる、という行為で迷惑をかけなくて済むということに安堵もしていた。一日だけでもままならなかったのだから、心底買い物に行きたいというのが本音である。だからそんな安心からゆるく息を吐いた。だけどそこで、いくつか引っかかることを見つける。

「あ、の。私、降りても大丈夫なんですか、っていうかお金とか、」
「ん? あぁ、大丈夫だぜ。だって俺が着いていくからな。それに金はオヤジが用意してくれるっつってたよ」
「・・・・・・・・・わあお・・・・・・」

ドクターが「・・・まぁ楽しんでこいよ」と笑っていた気がしたが、うまく反応を返せない。変わらずポカンと開いた口が塞がらなかったけれど、もうそれ以上突っ込むことを私は諦めていた。




×

船上だと実はもう話がないっていうか、いったん上陸しないと展開しないっていうか、もはや転回しないからもう島に行くっていうことにして無理やり転がしてみた。(おまえ
あと前回(13)の名前変換が丸々出来てなかったりこれ(14)もできななかったりで本当すみませんぽろっと忘れてましたまじ泣きたい/(^o^)\修正しました。