「ただ、ありがとうと、お礼が言いたくて」

しっかりと礼が言えたことだけは覚えていた。

その点で私は、十分に自分を褒めて、労わってやってもいいんじゃないかと思えた。自分としては至極冷静に現実を受け止めたつもりでいたが、しかしそのわりにどうにもキャパオーバーだったらしい。そういえば自分は思考よりも先に身体が悲鳴を上げるという、おかしな弱点があったなぁとまた冷静に思考する。あとは、驚きが強いほど表に表現できなくなってしまうトコとか。けれどそれは人に出会っていたという点で功を奏していたように思う。あれで天国以上に夢だの異次元だのと騒いだらこんな対応はしてもらえなかったかもしれない。はっ、待て。大事なとこをスルーしていた、人っていえばそういえば。
病院を思い出させる、ベッドを囲っていた真白なカーテンを掴んで恐る恐る引っ張った。シャッと軽く滑る音がする。

「・・・すいませーん」
「・・・はい? あら、もう大丈夫かしら?」
「はい、なんとか・・・あの、それで」
「あぁ、エース隊長ね、ちょっと待っていて。呼んでくるから」
「え、あ」

そういうと白衣の天使という形容がぴったりのナースさんは足早に出て行く。要領を得た対応の早さにありがとうございますもお願いしますも言えないで、なんだか置いてきぼりをくらったような気分に勝手になってしまった、が。しかしそんな気持ちもつかの間に、私をここまで連れてきてくれたのであろう人物が姿を現していた。

「よお、もう大丈夫なのか?」
「はい、おかげさまで」

言いながら近くに椅子を持ってきて座る彼は、間違えようもなくポートガス・D・エースその人だった。うっわあ嘘だろオイと思いつつも、そんな反応はもうだいぶ今更であるのは嫌になるくらい分かりきっていて。些かの動揺を悟られないように当たり障りなく返事をする。

「・・・なァ、、だったよな?」
「はい・・・」
「まぁなんだ、記憶は、あるんだよな?」
「・・・っい、え」

思いがけない質問に一瞬戸惑う。しかし自分の状況を考えて、端から記憶喪失を装ったほうが都合が良かったかもしれないと咄嗟に思ってしまった。けれどそれにしたらこの反応が不自然になってしまうだろうと少し苦い心地が瞬時に広がる。それに事故前、後の記憶をはっきりと喋ってしまったし、実際確かに覚えているのだからいつかボロを出すのは容易に想像できた。今更はいそうなんです、記憶ないんですというのも不自然に思えたし、嘘を突き通せる性分でないという自覚もあるため、私は大人しく「記憶は、ちゃんとしています」と答えるのだった。やっぱり私はこんなところに来ても保守的で打算的で、嫌気が、する。

「それなら良かったよ。じゃあもうひとつ」
「・・・?」
「お前、行く当てあるのか?」
「・・・・・・行く、当て?」

当然と突き出された現実に。正しい答えを、私は持ち合わせていなかった。彼は、"私が知っている彼"よりも幾分と思慮深く思えた。そんな事実に、いとも簡単に打ちのめされている。
ただ私が知っている彼は、仲間の制止を振り切ってまで裏切り者を追いかけていってしまった、無鉄砲な人というイメージが強かったのだ。しかし、それは彼がひたすらに仲間やかの船長を思った結果であったし、きっと彼の仲間もそんな彼を良しとしたのだろう。そんな人だから、だからこんな風に私へ尋ねることは、彼にとってなんら躊躇や思慮はいらない、造作もない、ことで。この人はもともと、こういう人だったのだ。誰かを思いやって、それを特別だとは思いもつかない。というか、つけない。そんな人。あぁ、つくづく。私は表面の紙一枚の上でしか彼を知らないんだなぁなんて。あぁ、こんなのでは、とても、打ちのめされてしまうではないか。

「ありま、せんね」
「・・・そうか。じゃあ、決まりだ!」

動揺を悟られないように、答えながら顔を片手で覆う。そうすればきっと行く当てのないことに絶望したんだろうと解釈してくれると踏んだから。いや、確かにこの世界に身一つで放り出された動揺というか、焦りはちゃんとある。でも、それよりも「行く当ては」と聞いた彼の言葉の裏にある優しさをすでに気取ってしまった私は。胸に満ちていく感情でいっぱいいっぱいで。

「オヤジに会いに行こうぜ!」

「オヤジ・・・?」と、形だけ疑問を口にして。全部知っているくせにやっぱり私はなんて打算的で強かなのだろうかと自嘲する。この人ならきっとそう言うと、思っていた。この人は、そういう人なんだ。ああ、この船の人は、大概みんな好きだったし、これからさらに好きになる自信は大いにある。でも、それでも。初めて接触したのが、私を拾ってくれたのが彼で、本当に、よかった。
ぎゅうっとシーツを握った手に、彼は何を思ったのか私の疑問に答えるように「大丈夫だって、怖くは・・・いや、怖いかもしんねーけど、とにかく大丈夫だ」なんて私に安心させるように笑って話しかける。そんな些細なことに、思っていたよりも自分は不安になっていたんだと、強がってしまっていたんだと、今更ながらに実感して。

君の優しさに、どうしようもない程、打ちのめされている。




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エースと人生歩み隊、別名白ひげ海賊団の優しさに癒され隊←