「じゃあ、決まりだ! オヤジに会いに行こうぜ!」

そういうと、俯いていたその瞳が、しっかりとこちらを見返していた。

意識を手放した彼女から離れても、彼女が動くような気配は全くといってなく。ただ体力回復に努めるよう静かに眠っていた。まぁ、ぶっちゃけそれは予想通りであったし、予想通りでよかったとも思う。

彼女の話からして、彼女はきっと、やっぱり迷子なのだ。それはもうは確信に変わっていて。そしてずいぶんと性質が悪い。はねられたという話の信憑性はひとまず置いておくとして、しかし突然現れたというのは事実である。この目でしかと見てしまったのだ。見間違いとも思いたかったが、確かに目撃してしまったのだから仕方がない。だから、気づいたらここにいた、という彼女の言葉自体は嘘ではないのだ。あの呆けようと戸惑いようからもそれが肯けるし、天国は広いんですねといった迷いのなさもそうである。

でもだったら、やっぱり彼女は、途方もなく、迷子だ。
記憶喪失である様子もなく、一応確認したが苦々しい様子で記憶はあると彼女は答えていた。しかしその様子はまるで、記憶があることが不都合である、とでもいうような態度で。けれど記憶がないよりはあるほうが助かるのも確かで、それは良かったと返しておく。けれど、その様子にひとつ、形にならなかった確信が、深まっていた。
そしておれは、どこか行く当てがあるか確認するために質問を重ねる。すると彼女は自分でも受け止め切れてないような様子で「ありま、せんね」という。でも、そう答えが返ってくることは、記憶の確認をした時の様子で、なんとなく分かっていた。
そう、彼女が、現れた瞬間に。ここはどこだと、こちらに問い質すわけでもなく、それはここが船であってもなくても、なんであっても変わらないと諦めているようで。また天国だといったわりに、では自分は死んでしまったのかと取り乱すわけでもなく。はねられたらここに、というのが本当なら、誰かに意図して連れてこられたという訳でもなさそうで、しかし自ら進んで来たというわけでもなく。もちろん、能力者の線が消えたわけでも、ない、のだが。それにしたってあの態度は、呆然としながらも、それでもありのままの現実を受け止めていたあの様子は、まるで。
この船がどんな場所でも自分にとっては大差ないのだと、言っているようで。なんとなく、彼女は自分の身体以外のすべてを"置いてきた"のだと。だから彼女にとって、記憶の有無は重要ではなくて。投げ捨てられたっていうおれの感覚は間違っていなかったようだと、それにはやっぱりなという思いと、でもそれでは彼女がかわいそうだなという、思いと。

だからかもしれないが、行く当てがないと言った彼女を、オヤジのところに連れて行くという選択を取ったのは、エースにとってはごく自然な流れであった。

ふと視線を下げると、不安になったのかきつく握られていた手に、慌てておれは弁解していた。それでもあまりうまいフォローはできなくて、とにかく大丈夫としか言えない。しかしかの船長に限って、本当にそう思うのだからそれ以上言葉は出なくて、「・・・立てるか?」と話題の摩り替えを図る。

「はい、大丈夫です。もともとは丈夫なんで、これでも」
「・・・そう、か」

答えるのに一拍間が空いたのは、その白い肌を見てとてもそうだとは思えなかったからだ。しかし彼女のことは名前以外何も知らないし、それ以上言及する気にはならず、彼女が立ったのを確認して船長室へ先導する。しかしふと立ち止まってナースに頭を下げる彼女を見て、やっぱりおれの見当違いではなかったか、なんて口の端を吊り上げて。「すいません」と小走りに後ろへつく彼女に「気にすんな」と声をかけて。

歩きながらオヤジは船長で、船員たちは全員そう呼ぶのだと説明する。オヤジと自分たちの関係を話せば、彼女は優しく微笑んで「いいですね」と穏やかに言った。それはとても心地よくて「おう」と照れくさくなりながら短く返したのだった。
すれ違う船員たちが興味津々に彼女を見ていて。からかい半分に「エース!お前にも春がやってきたのかよ?」なんていうので「バーカ」と思いっきり舌を出す。そんな様子に困ったように「なんか、すいません」という彼女にむしろ謝りたくなるような罪悪感にかられて「お前はなんも悪くねーから」とすこしだけぶっきら棒に言ってしまう。・・・どうせおれに春は遠いんだろうよ。

少し長い道のりを歩けば一際大きい扉が現れて、彼女を振り返りながら「この中にオヤジはいるぜ」というと、頷きながらこくりと彼女の喉が鳴るのが見えて少し笑ってしまう。

「大丈夫だ、オヤジは取って食ったりしねェよ」
「う、はい・・・」

それでも硬い表情の彼女に苦笑しながら扉をノックする。

「オヤジ、おれだ。入るぜ」

そういって扉を開けると、相も変わらずに医療器具を繋げながら酒を飲んでいるオヤジの姿が目に入る。戸惑っている彼女を促すと恐る恐るといった様子で部屋の中に入っていった。

「グラララ、よく来たなァ。瑞樹と、いったか?」
「はい」
「・・・てめェが女ァ連れてくるとは」
「な、オヤジ! 違ェからな!?」
「そうですよ、それは彼がかわいそうです」
「・・・オイ瑞樹?」
「グララララ!」

少し的をはずす彼女の答えに、オヤジは心底楽しそうだった。・・・オイ、いいのか瑞樹、お前はそれで。なんだかそこまで言い切られると、エースはいよいよ春が遠のくのを感じて視線を明後日に投げる。

「・・・話は聞いた。行く当てが、ないそうだな?」
「その、とおりです」

緊張した声に、ふと視線を戻して、それでもすっと臆することなく瞳を見詰め返すそのさまを見て、いっそ、それは彼女の美徳であると感じた。その様子に、やっぱり面白そうにオヤジも彼女を見詰め返している。

「そうか。なァ瑞樹、行く当てがないなら・・・おれの娘にならねェか?」
「オヤジ・・・」
「・・・」

まぁ、ここに連れてきた時点でこの展開は予想できていた、し、むしろそれを望んだからこそ連れてきた。おれを受け入れてくれたように、きっとこの彼女も躊躇いなく受け入れるだろうと。けれど彼女は黙したままで、ふと、やはりいきなりそんなことを言われるのはビックリするよなぁと当初の自分を思い出す。でも、彼女は驚いているというよりもどうやら思案顔で。あれ、と少し疑問に思っていれば、彼女はさも当然というようにその答えを返していた。

「"船長さん"」
「・・・あァ、なんだ?」
「瑞樹?」
「とてもありがたい、お言葉です。私には、本当は、身に、余るくらいだ。・・・でもまだ私は、あなたに家族と認めてもらえるほどの、何かを示せていないから」
「瑞樹、」
「だから、それまで私は、」

制止するように呼んだ声もまったく意に介していなくて。彼女はその辺にいそうな女と大差ないのに、その瞳だけはいやに意志の強さを宿していて。そこが気に入ってしまっているのだと気づくけど、同時に危ういとも思ってしまう。だってほら、こんなとき。一度決めたことは絶対に曲げないで。そんなやつらをおれは、よく知っているから。

「居候ということで、お願いします」

「・・・ね?」と同意を求める彼女をオヤジは見詰めていた。徐々に張られていく緊張の糸に思わず「瑞樹」と声をかけても、その言葉を撤回する気は彼女にはなさそうで。しばし見詰め合っていたが、ふと目を細めていたオヤジが張られたその糸をぷつりと切るように笑い出す。きっと彼女の提案を受け入れたということなのだろう。しかしおれは彼女にどうしてと、聞きたかった。けれどもオヤジのその笑い声に応えるようにゆるく穏やかに笑う彼女を見て、その言葉は飲み込まれる。
「ありがとう、船長さん、エースさん」と名を呼ばれて「あぁ、よかった、な」なんて上滑る言葉しか出てこなくって。彼女がこの船に乗船してくれるのは確かに嬉しい、でも、何故だろう。彼女は別に家族になること自体を拒絶したわけではないのは、ちゃんと分かっているのに。それでも今は居候と保留されてしまった答えに、家族ではないという関係に、妙に不安が胸を掠めて。ざわついて、落ち着かなかった。

しかしそれが彼女の精一杯の思いであったのだと、彼はまだ知らない。




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考えてないような無鉄砲さがありながらしかし広い海の中からティーチを見つけ出す行動力、情報収集能力、加えて隊長としての考察力、観察力、頭の回転のよさはあると思うので今回はめっちゃ考えてもらっています(笑 エースはそんな真面目に考えねぇよ!って思う方すいませんでしたああ普段は確かに感覚派だと思うけど考えなきゃいけないときはちゃんと強かに考えてるよって!そうゆう!ね!←