「それまで私は、居候ということで、お願いします」

かの人に会うと分かった瞬間に、きつく心に決めたことだった。

オヤジに会いに行こうぜ、そう言われた瞬間に私は思わず彼を凝視していた。
いやまぁ、予想はしていたさ、うん。行く当ては、と聞かれたときに、きっと彼は私をこの船に置く算段をすでに立ててくれていて、この人には追い出すなんていう思考はないんだなとつくづく優しさが沁みて行くようで。まぁ優しい人だとは分かっていたけれど、マルコさんとかだったらちょっと分からないかもとも思うわけで。ていうか1600人とかいる船で隊長格に遭遇できたエンカウント率は奇跡的なのだけど、その中でも彼だったというのは幸運としかいいようがないわけで。まぁそれでもマルコさんだってぶっ倒れた人間を放置できる人じゃないだろうなとはやっぱり思うけれど。運んでもらっといて申し訳ないのだが、倒れたのが逆によかったのかもしれない。まったくここの人たちは海賊とは名ばかりで紳士的だと思うよ、ほんとに。
・・・って、いや今はそんな悠長に白ひげ海賊団好きを発揮している場合ではなく。しっかし、オヤジさんに会うのは些か急すぎやしないかとちょっと思うわけで。えっ、ていうか今からですか。え、あ、はいそうですよね。・・・まじですか、あのオヤジさんに会わなくちゃならんのですか。いや確かに今から行く気満々というその行動力は、エースという人を分かりやすく表現しているとも思いますが。別に、嫌というわけでは全然ない。ていうかむしろ会えるのならば是非とも会いたし、かの人に本当に会えるのかと思うと、嬉しいという感情がじわりと胸を占めていく。でもやはり、迫力ある彼の前に立つのかと思うと気がひけるのは確かなわけで。それに、ひとつ思い当たっていることも、あるから。しかし、それはここで考えても仕方のないことだと、無理やり考えるのをやめた。

お世話になったナースさんにお礼をし、船長室を目指す道すがら、彼がオヤジさんと家族のことを話す様子は嬉しそうで優しくて、こちらまで気持ちが伝わるようで。むずがゆくなるような、それでも心地が良かった。船員たちのからかう声に恐縮しながら謝ると、拗ねたように返された声は兄にからかわれた弟そのもので。思わず笑みが浮かぶ。私はどうやら、こちらへふっとばされたことに案外前向きなっているなと、そこではたと気づいた。まぁ、うん。彼と話せているという、この事実は。実を言うと嬉しい以外の何ものでもない。例え自分が死んでしまったのかもしれなくても、でも、そんな実感はちっともわかなくて。それよりはこの、夢のような現実を歓迎している自分がいる。まったく、都合がいいったらないんだから。けれど浮かぶ笑みは本当で、私は案外大丈夫だと、少し、ほっとした。

船長室の扉を前にして、緊張の面持ちがばっちりバレていて、笑われてしまうが、初めて会うからこの態度なのだろうと解釈してくれたらしい。まぁ、実は船長さんのこと色々知ってますなんていったらそれこそ色々とアウトだなとも思うので、その辺は彼の想像に都合良く任せておく。躊躇いなく開け放たれた大きい扉に、ふと私のような部外者が易々と船長さんの前に立ってもいいのかとも思ったけれど。しかし自分にはどうこうする気も、勿論力もないし、たぶんどうこうしても皆の"白ひげ"と"火拳のエース"には敵いっこない。それを他の船員たちもよく理解している。だからここに来るまでの間、誰一人彼の行く手を阻む人はいなかった。まあ、からかわれてはいたけど。頭に信頼という二文字が浮かんで、あたたかな絆を物語る。ああそれは、私にはとても、羨ましい、ものだった。

ゆるく響く声が、「おれの娘にならねェか」と、優しくつげる。言われると、言ってくれると、思っていた。彼らの優しさに甘えた確信が、そこにはあった。やっぱりな、と最初に思い当たっていた感情に突き当たる。たくさんの息子を持つこの人は、その息子たちに伸ばした手を、きっと当然のように私にも差し伸べるのだろうと。その器の大きい優しさは魅惑的で、ひどく心が揺れるだろうと、分かっていた。そしてその通りだった。この船の一員になれたなら。きっと私の世界は大きく変わるのだろう。あぁそれはなんて、とてつもなく魅惑的だ、けれど。

私はこの船の船員として、何かできるほどの人間だったろうか?

途端に冷静な思考の私が嗤っていた。海賊船になんて乗って、戦闘にでも巻き込まれて、お前はまた簡単に死んでしまうんだろ、って。もう一度死にたいのかって。でも、もう一人の私は、そのときはどっかで隠れてたら大丈夫だろう、ナースたちだっているんだからと。あとは雑用でもなんでもすればいいじゃないかって。楽観的な私もいて。ぐらり、また揺れる。心臓の音が大きくなっていく。差し伸べられた手を、本当は躊躇いなく取ってしまいたい。あなたの娘にしてくださいって、むしろこっちから頼みたいぐらいだ。でも、まだだ。まだ、私は、この世界での私を、はかりきれていない、だから。

私は居候という逃げ道に賭けた。

行く当てがないのも事実で、そして彼らと暮らせるこのチャンスを逃す気にも、やっぱりなれなかった。嗤っていた私は、後悔しても知らないよ、とまた嗤いながら思考からフェードアウトする。そして楽観的な私が、よく思いついたなって褒めてくれる。くそ、いちいちうるさい脳内会議だ。自覚はある。

私はこれが精一杯の選択だと、船長さんの瞳を見詰めた。そしてこの世界の人たちは、目をそらさないな、と思う。私を連れてきた彼も、この船長さんも。強くて、自信があって、自分で見たものを疑わない。それはとても眩しいなと、また、どうしようもなく思う。本当はその眩しさから、目をそらしてしまいたかった。けれど、譲れないものがあるときに、それは決してしてはならないということも、分かっていたから。これは私の、精一杯なんだ。
そして笑い出した船長さんの様子に、どうしようもなく安心してゆるく笑う。よかった。この船にいることができる。あぁ、よかった。するりと口からお礼が出てきて、笑う船長さんと、「よかった、な」と返してくれる彼と。しかしふと、その様子が気にかかる。そういえば、彼は、私の居候案をどう思ったのだろう。そこではたとまずい、という思いが広がる。いや、交渉相手を間違えていないのは確かだった。それでも、ここに連れてきてくれた彼の意見をちゃんと聞くべきだったと脳内が慌てて思考する。

「エ、エースさん・・・!」
「お、う?」
「もももしかして居候だとやっぱりまずかったのでしょうか!?」
「あ? あァいや、そんなことはねェぜ? 大歓迎だ!」
「・・・あれ!? あ、いや、ありがとう・・・ございます・・・」

じゃあさっきの様子はなんだったのだろうか。単にほかの事を考えていただけなのだろうか。一応大事な話だったのにな! ・・・いや、まぁそれはそれでいいのですけれども。笑顔で面と向かって大歓迎と言われると嬉しさよりも照れが勝ってしまいお礼が尻すぼみになる。
すると、笑いながらエースさんの腕が伸びて、私の、頭を、混ぜた。・・・って、えっ?

「っ!?」
「・・・悪ィな、居候って実は初めてだからさ」
「え? いや!?」
「どうなんだー? ってちょっと考えたんだけど、まぁおれはお前ェがこの船乗ってくれんなら構わねェや」
「・・・なんっ・・・!」

そうやってカラカラ笑うこの人に、トキメくなというほうが無理がある。なんだそれ、なんでそんなことさらっと言っちゃうんだ、この人は。顔が染まっていくのを自覚しながらも、見上げたエースさんはまた、口の端を吊り上げながら笑う。

「エース、さん・・・」
「・・・歓迎するぜ」

ふと手が離れたかと思うと今度は差し出される手。不思議に思って窺うとニカっとしながら言葉にはならない口の形だけであくしゅ、と笑う。納得しておずおずと手を出すと勢いよく握られて振られて。その勢いに驚くのだがこの人が楽しそうだからいっかなぁなんて。ああ分かっている、どうせ私は現金だ。

「ようこそ、白ひげ海賊団へ!」

船長さんは相変わらず笑っていたけれど、握手するエースさんと私を優しげに見つめていた。それを少しだけくすぐったく思いながら、離された手を見て、エースさんを見る。ああでもそうか、私も「・・・海賊、団」なのか。ポツリと呟くと目の前の彼が固まった気がした。船長さんの笑い声も止んでいた。・・・あ、うん。この空気の理由が分かってしまった。私はここが海賊団だとは、彼の口からだと一言も聞いてない。だから海賊団ということを、私は知らないってことになっているはずだ。でもその辺は先ほどもう脳内会議で採決されてしまったので、私としては今更なのだが、しかし彼の様子を見るに彼の中では今更ではないらしい。って当たり前か。きっと今彼の中では脳内会議が開かれているのだ。まぁ、でも全然、私は。

「大丈夫、ですよ?」
「・・・ん。まぁ、ちゃんと説明すっから」
「はい、ありがとうございます」

笑って返せば、彼はまた、口の端をあげていた。




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マルコが追い出すかもしれないとかファンの方スイマセンでしたあああでも結局彼も追い出すなんてことはできないんだろうなと思ったりもします。とかいってるとifでマルコやりたくなるので困ります。えぇ、夢見たいお年頃です。なんてね!(笑