「・・・歓迎するぜ、ようこそ、白ひげ海賊団へ!」

しかし海賊船であることが伝わっていなかったなんて、それはなんたる不覚だろうか。

いや、彼女の状況を考えれば無理もなかった。白ひげともなれば当然名は知れて、彼女はそれを承知の上だと思っていたのだ。しかしそうだ、彼女は突然現れたのだ。そしてあの戸惑い方は、きっとここを豪華客船だとでも思っていたのかもしれない。これはまずい、状況なのか?
けれど「大丈夫、ですよ?」と曖昧に口が弧を描きながら、それでも彼女はそういった。そして説明するといったら、今度は礼を言いながら明確に笑って返されて。礼儀正しい彼女のそんな様子に、なんだか笑ってしまいながら、でもそうだ、彼女は。もう"ここがどこでも関係ない"のだと、改めて思い至って。その認識が、パズルピースの穴を埋めるようにハマる。そしてそれは間違いがなさそうで。けれど、この、冷静な彼女の、強い瞳に隠されて。

果たして彼女が"置いてきた"ものは、何だろう。

海賊船と知ってもなお、なんなく笑う彼女を見て、そんな思考に陥った。
出遭った当初の、あれは、きっと間違いなく彼女の素で。冷静ながらも、とても動揺していた。いや、冷静さを装っていたというほうが正しいのかもしれない。だから、耐え切れなくなって倒れたのだ。つまり、その、耐え切れなくなるほどに、彼女が"置いてきて"しまったもの、とは。投げ捨てられたと感じた、あの正体は。
・・・あぁ、いや、そうか。そうか、彼女はあの時、ひどく、身軽に思えたのだ。ああ分かった、そうだ。彼女のその身一つとでも言うような身軽さが、見ていておれを不安にさせたのだ。何故だろう、そう、重石がなくて。背負っているものがなくて。それはとても楽なように思えるけど、なんだか。運んだ体重のように、軽くて、そう、厚みがない。彼女を、留めておく何かが、彼女からは、感じられない。だからそうだ、危ういと、思ったから、おれは。

「・・・スさん、エースさん?」
「んあ?」
「? いえ、さっそく説明をしていただこうと」
「・・・あ、あァそうだな、こっちに来てくれ」

珍しく思考に意識が飛んでいて、慌てて言葉を返す。オヤジが意味ありげな視線をこちらにやるので、短く出て行く挨拶をして、彼女を連れ出した。

「とりあえず、船を案内しながら説明するな」
「おお、分かり申した・・・」
「ふはっなんだそれ!」

やっぱり少しおかしい返答をする彼女に笑いながら、おれは彼女が居候と言い出したときの不安に、答えを出していた。あぁそうだおれは、身軽で危うい彼女を、留めておくものを作らなければと、思ったのだ。そうだ、彼女は少し、幼いあの頃をおれに、思い出させるのだ。
だから、家族になればいいと。欠けてしまった大切なものを同じように得たらいいと。でも、そんなのはすぐには無理な話で。自分だっていやってほど分かっているのに。だいたい家族ができて埋まる話かってものかも分かりやしないってのに。海賊船の話をしていなかったように、こんなとこで出る詰めの甘さに、舌打ちをして。
案内しながらも、思考はあっちへ行きこっちへ行きと落ち着かなかった。だァクソ、今こんなこと考えても埒なんて明きやしねェのに! と終いには煮詰まった思考をぶん投げて、いい加減考えるのに疲れたと今度は彼女の当面を考え出して。って結局考えるのかと、世話焼きなのはどうにも性分らしい。まぁ彼女の様子がなんだか妹を連想させて、それは弟を思い出させるから、そのせいもあるんだろうと思ったりするのだが。

「・・・んで、そうだな、当面の部屋も確保しねェと」
「別にその辺で転がりますよ?」
「・・・めったなこと言うもんじゃねェぞ」

お前ェは女じゃねェか! という言葉は、まだ会って数時間も経たないためになんとか飲み込まれた。このという女は、先ほどから突っ込みどころばかりで。敵かもしれないと考えていた自分がバカらしくなって、もうそんな考えには早々に手を振ってさよならをしていた。というかだいたいらしくないのだ。そんなことをぐだぐだと考えるのは。そう、そんなのはあの辺に任せておけば、いいのだ。

「でも、ほんとに私ただの居候なん」
「あーいいからマルコんとこ行くぞー」
「はぃ?」

彼女の言葉は最後まで待たずに、気苦労が耐えないであろう長男の書斎へ進路を変更する。素っ頓狂な彼女の声を聞きながら、もちろん腕を引くのは忘れずに。そうだ、難しいことを考えるのは彼のほうが適任なのだと。本来ならそんな他力本願のようなめったなことなどエースは思わないのだが、考え疲れた彼はもう長男に任せてしまう気満々である。だって寄りかかっても、応えてくれる、その安心感は心地よくて。

「・・・それはマジに、ございますか」

呆然と呟いて、なんだかさらに白くなったような彼女を視界の端で捕らえつつ。気のせいだろうとお目当ての扉を叩くのだった。




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思考するエースってのにも限界があるよねっていう。(お ま え
いや彼は本来感覚派だと言いたいのです。