泥濘に足を取られまして
04

ひどい沈黙だった。重くて沈痛であるとさえ言ってよかった。この・・・ひとは・・・、なんと、いったのだろうか。かいぞく? うみのぞく? なんだそれは。なりきりとかではなくて、本物? 違う世界? 国、ではなくて? 私はそこまで考えて、やっと呪縛から開放されたとでもいうように、頼りなく言葉を返していた。
「・・・え? 海賊?」
「そうだ」
「このご時勢に?」
「・・・このご時勢だからだ」
「・・・え?」
「世は大海賊時代だ・・・おれの世界の話だがな」
もう一度沈黙するしかなかった。世界が違うといわれてもピンと来ない。というかそもそも違うという意味が分からない。例えばあまりにかけ離れた身分の人は、あの人は住んでる世界が違うから、なんて揶揄するけど、どうもそんな感じではなかったからだ。しばし思案して、男が言っているは異世界ということかと、やっとそこまで思考が飛ぶ。が、それはえっとつまり、つまり・・・どういうことだ? SF? 不思議の国のアリス? 某夢の国? タイムリープ? なんて単語がぐるぐる回った。いまいち飲み込めていない、この頭が悪いのか? いやしかし、この話、信じろと、おっしゃるか?
「・・・信じていないな?」
「え、ハイ」
素直に答えれば男は心底疲れたようにため息をついた。いや、こっちがため息つきたいわ!
「そうだな、能力を見せればてっとりばやいか・・・?」
思案する難しい顔でそんなことを呟く。能力? 男は超能力者とかなのだろうか。
「超能力者なら、えーっと? こっちの世界? にもいますよ?」
「そうじゃない」
言えばキッパリと否定された言葉にますます分からなくなる。なにを始めようというのだ、不安になってきた。
「あー、あの、危険なことなら止めてくださいね・・・?」
「・・・あァ」
どれほどこの言葉に効力があるかは分からないが、言わずにはいられない。すると男はおもむろに刀に手をかけていた。そのことにびくりと身体を揺らす。ま、ままさかここで殺されるとか、そんな感じなのだろうか。嫌な思考が脳裏をかすめ、息も言葉も詰まる。こんなことならさっさと警察を呼べばよかっただろうか。しかし、その様子に男はニヤリと口の端を上げた。ん? その表情は初めて見たぞ。
「安心しろ・・・これ以上近づく気はない」
「へ?」
「まぁ、能力の前では無意味ではあるがな・・・あァいやだから、お前を殺す気はない」
私の思考を読み取ったかのように男が告げる。そのことに安心とまではいかないが、詰まった息をゆっくりと吐き出した。男はそんな私を横目に、すらりと刀を抜く。長い刀身が姿を現すその様は、鮮やかだった。扱いなれているというか、あの長さを苦にしていることもなくて、そのことにはただすごいなと感心してしまった。
「見た方が早い。今から起こることには驚くなよ、常識を捨てろ」
静かに告げられた言葉が響く。なんのことか分からないが、やっぱり超常現象的なことが起こるらしいのは分かった。こくりとだけ頷いて、身構える。すると男は腕を出せ、というので素直に従う。
「あと、叫ぶなよ」
「? はい」
端的な言葉であったが、そんなにビックリすることなのだろうかと不安になる。男が手を出すと、そこには見間違えようのなくサークルが出来て、部屋に薄い膜がはられる。
「!?」
「ROOM・・・気を楽にしろ、すぐに終わる」
同時に振り下ろされた刀は、私の身体には届かなかったのに、私の肘から下を切り離していた。


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