泥濘に足を取られまして
05

もちろんパニックに陥った私だが、切り離された方が動いたことで余計にパニックになった。「落ち着け」と冷静な声がして、くっつけてみろというので恐る恐る従えば腕は元通りになっていた。どういうことなの。そのあとに「もうひとつ」と男がいうと一瞬にして自分と男の場所が入れ替わり、彼は優雅にベッドの上で足を組んで、私は突っ立っていた。・・・どういうことなの。
能力を見せられたせいで、人種というものが次元単位で違うのは理解できた。能力があるのは悪魔の実というもののせいらしい。その実の存在もそうだが、こんな人間この平和な日本に暮らしていて育つわけがない。断言していい。私のまだ長いとはいえない人生からでも断言してやる。というかこの国というよりこの世界にあんな映画さながらのビックリ人間がいるわけがない。いてたまるか。いまだに右腕がスパッといった感触がある。「見た方が早い」という彼に了承というか確認を取られていたために悲鳴こそギリギリ上げなかったが、というかもはや悲鳴すら上げられる状態じゃなかったが心臓に悪いことこの上なかった。なにもいわれないまま実行されていたら気絶していただろう。そこはちゃんと「今から起こることには驚くなよ、常識を捨てろ」と確認を行ってくれたこの男に感謝してもいい。最初の態度からすれば全然優しいと感じた。雰囲気的にこの男なら「見た方が早い」といった瞬間切られていてもおかしくない気がするからだ。五体満足の素晴らしさを心の底から理解した。両親にこんなにまで感謝する日が来るなんて、今日という日がなければ訪れなかったかもしれない。なんてことを、傍から見ればいっそ笑ってしまうくらい心の底から真剣に思っていると、男はおもむろに立ち上がり、扉から出て行こうとしていた。ので、男の行動に気づいた私ははっとして、思わず言葉をかけてしまった。
「・・・え・・・っと、どこへ?」
「・・・邪魔をした」
そういって男は部屋から出てしまう。え、と一瞬固まるが、次には思考を固めるよりも前に体は動き出していた。バタバタと慌てて追いかけると、男はすでに玄関でドアノブに手をかけているところだった。
「ちょ、待ってください・・・! そんな刀担いでここから出られても困ります!」
「・・・・・・」
無言のこの人は、むしろその瞳が雄弁であると思う。じゃあどうすればいいんだとばかりにこちらを睨みあげてきた。その視線にうっと言葉を詰まらせる。話は無用とばかりに扉に向き直った男に私は考えるよりも先に言葉を発していた。
「・・・あー! もう! とりあえず話をもっと聞かせてください! 今出て行ったところで、銃刀法違反で騒ぎになるだけですよ!?」
「・・・ジュウトウホウ?」
眉を僅かに上げ、不可解そうに首を傾げた男は、冗談で言っているわけじゃないと分かった。
「・・・っ! 本当に、違う世界の人間、だって言うのか・・・」
その言葉は、目の前の男に聞いたというよりも、確認するために発したものだった。自分の中で、その事実を受け入れるためのものだった。突飛な話にどうしようもなくて、重々しくため息をつく。でも、そんな話を聞いてしまってからでは、このまま放っておくというのも駄目だと思った。話は未だ信じがたいが、理屈抜きの能力は見せてもらった。あれはイリュージョンでもなんでもないし、トリックというわけでもない。そして目の錯覚だというには、リアルすぎる感触が未だに残っている。あと瞬間移動も。もしあんな能力を人前で容易く使われたら騒ぎどころの話じゃない。
「・・・私は、と言います。あなたの、名前を教えてください。・・・話は、それからです」
私は、大胆にも男の腕をがしりと掴んでいた。それに些か目を見開いた男と視線がぶつかる。この腕は離してやらない、そう言葉にはしないが、男の腕を掴んだ手に力を込め、強く見詰めた。それに観念したのかどうかはしらないが、男はひとつ息を吐き、静かに名乗った。
「トラファルガー・ローだ」
そんな顔と名前しといて、どうして日本語ペラペラなんだ。


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2年前の彼だったら「見た方が早い」と言った瞬間斬っている気がします。そんな妄想の違いで2年後が好きです。(え)ようは2年前の方が短気というか、よりSというか。それより自分は優しさが(ほとんど妄想だけど)ちらつく2年後のほうが好きだったりします。優しい人好きなんで(そこ)でもやっぱり口で説明するのが面倒なのは変わらないローさんだと思います。