泥濘に足を取られまして
07

見開かれた彼の目には今までにない、そう、言うなれば動揺というものが浮かんでいる気がした。しかしやはりそれも一瞬で失われ、元通りに冷静な瞳がこちらを射抜いていた。
「・・・どういうつもりだ?」
「・・・え? どう、ってそのままの意味ですけど。あ、まぁ家事とかやってくれたら嬉しいです」
「そうじゃな・・・いや・・・ハァ」
彼は目を伏せて諦めたようにため息を吐いた。ええハイ、分かっています、意図的に的を外しましたよ。でもそれはなぜかといえば、なんていうか、自分でも「どういうつもりなのか」若干曖昧だったからだ。女一人暮らしにこんな怪しさ満点の人間を引き入れるなんて、んなことは分かっているのだが。柄にもなく、自分は浮き足立っていた。そう、これはあれだ、所謂未知との遭遇というやつで。彼にしたらそんなことにわくわくされても迷惑でしかないだろうが、つまり、私はこの状況を楽しんでいた。
「強いて言えばちょっと首を突っ込みたくなりました!」
「・・・正直だな」
「・・・い、いや、ほら! ・・・正直は一生の宝ですよ!」
「・・・一生の宝、か」
フ、と口の端を上げたその雰囲気が、思いのほか柔らかかったのに不意をつかれた気分だった。ぼうっとその顔を眺めていると、彼は訝しげな視線を寄こしたので慌てて誤魔化すように「で、どうですか」と話を振る。この人、人相は怖いがイケメンだなぁなんて思いながら見遣るが、彼は黙り込んでしまって、なにやら思案しているようだった。
「・・・難しく、考えなくていいですよ」
言えば彼は不思議そうにこちらを見遣る。それに少し笑いながら私は答えた。
「・・・この世界に慣れるまででも、帰るまででもいいです。私はただ、興味をそそられてあなたを誘っているだけで」
「・・・興味?」
「はい。興味、とか、好奇心ですね。ローさんの世界の話を聞いてれば、退屈しなさそうなので」
だからここに住んでみませんか。そういって私はまた笑う。「あなたの世界に興味があるんです、だから聞かせてくれません?」とさらに言うが無反応で考え込んでいるので、どうしようかなぁと思案する。別に、無理に引きとめる理由はないのだが、しかし、ここで突き放してしまうのはなんだか惜しいというか。なので難しい顔をしている彼に、私はさらに提案する。
「ほら、衣食保障で宿つき! いい物件だと思いません?」
「・・・フ、そうだなァ」
そういう彼は、心なしか笑っている気がした。これは了承したということなのだろうか? いや、ただ言葉に頷いただけのようにも思う。うーん? もう一押し? と首をひねるが、それは口を開いた彼によって解決された。
「・・・しばらく世話になる」
そういって笑った彼は、今までの中で一番柔らかい笑みを浮かべていて、不覚にもドキリとした。


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ローさんの魅力は人が悪い笑みなのか、それともそういう人が浮かべる優しい笑みなのか、非常に迷います。