泥濘に足を取られまして
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私が傷心旅行に行きたかった理由。それはよくある話で、想いを寄せていた人に、彼女が出来てしまったのだ。といってもそれは突然の話ではなく、私はなにを誤ったのか知らないが大好きな「先輩」の、恋愛相談の相手になってしまっていたのだ。そしてそんな相談をされているのだからもちろん見込みがないのは当然で、私は何度も、私じゃ駄目ですか、と言葉にしてしまいそうなこの口を、必死に黙らせていた。言ってしまえば、この関係さえ終わってしまうのは目に見えていたからだ。
「先輩」は優しかった。そしてその優しさから、誰よりも一途だった。それは傍で聞いていた自分がよくわかっていて、その一途さも含めて好きだった。そして「先輩」が幸せそうに想い人のことを語る笑顔が、好きだった。だから「先輩」をそんな顔にさせてくれる「彼女」を、憎いと思えることがついに出来なかった。そんな風に思えたらどんなに楽だっただろうか。でもそんな思いよりも募るのは、羨望だった。あの優しい視線を、私に向けてくれたのなら、私は。なんて、今でもそう思ってしまうことに苦笑した。
「羨ましい、かぁ・・・」
「何がだ?」
「うっひゃあ!」
「・・・・・・」
「・・・無言は止めてくれませんか無言は」
返ってくるはずのない独り言に返事があったので、奇声を上げてしまった。何度も思うが、彼の無言の視線は本当に雄弁である。そしてそのまま私は話題を逸らしたかったのだが、彼はそうはさせてくれなかった。「で、何の話だ」と改めて言われてしまえば逃げられない。ため息をそっと吐いた。
知られたくないような、知られたいような、この思い。報われることのないであろう、この切なさを、誰かに知ってもらいたいのに、吐露してしまえば私の情けなさを見せてしまうような、そう、弱みをさらすような抵抗がある。それでも彼なら黙って聞いてくれるかもしれないと、そんな淡い期待があった。
「・・・好きな人がいたんです」
「・・・らしいな」
彼は少し意外そうに眉を上げて答える。でも驚いていないのは、以前彼に傷心であると話したからだろう。けれど意外そうなのは、たぶん私がこんな話を振るような人間ではないと思っているからだ。
「聞いてくれます?」
「・・・解読の方が先だったんじゃねェのか」
リビングのソファで向かい合って座る彼はマグカップに口をつけている。馴染んでしまったその姿に僅かに笑いながら、「今日は聞いて欲しいんですよ」と零した。解読してみてください、といった歌詞はほんの戯れでもあり、別にそのまま分からないのならそれはそれで構わなかった。知って欲しいようで知って欲しくない。女心は実に複雑である。
「ますます、女心ってやつは分からねェな」
こちらの思考を読み取ったような言葉を発して、くく、と笑う彼は、それでも嫌そうな素振りを見せるわけではなくて、どうやら話を聞いてくれるらしい。それに安堵している自分がいるので、私はやっぱり、報われない恋に弱っていたのだろう。そうして、私は密やかに語り出す。未だに燻る想いを吐露するように。


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しかし冷静に考えると恋バナに興じるローさんってどうなのだろうか。・・・まぁ深く考えるのは止めておこう。←