泥濘に足を取られまして
14

水に濡らした布を額に乗せてやる。彼女は目を瞑りながら言葉にならない声で、「んー」だとか「あー」だとか唸っていて、それがおかしくて口の端が上がった。体温を確かめるようにその頬に触れると、彼女がへにゃりと破顔した。「ふふ、きもちー」とこぼれた言葉に、思わず息を詰める。
「・・・・・・・・・性質が悪いな」
「んー?」
「いや、お前は治すことに専念していろ」
「ふふ、あいあいローさん」
「・・・・・・」
・・・無自覚なら、本当に性質が悪い。ローはため息を吐いた。自分を元気に慕う船員が、脳裏に浮かんでしまった。彼女は船員と比べればとても頼りないのだが、どことなくその雰囲気が懐かしさを呼ぶのだ。だからつい、絆されているなと思う場面はいくらでも出てくる。それをらしくないと言われても、そして自覚していてもどうしようもなくて。いつの間にか"らしくない"自分が馴染んでしまっている。いつからおれはこんな風に思うようになってしまったのか。そんなことを取り留めもなく考えていれば、ふと、服の端を捉まれた感覚がして。見れば、彼女はなんだか不安げな、浮かない顔でその口を開いた。
「・・・ね、ローさん・・・私は・・・、ローさんの役に、立っていますか」
彼女の不安げに揺れる瞳に、どうしてか少しだけ、くらりとした。それにいい加減らしくないなとわらいながら、しかしその質問は彼女にしてはなんというか、少しばかりらしくないと思った。自分が"らしくない"と考えていたことでもうつったのか、とさえ感じた。彼女は穏やかな気質だが、それと同じくらい自由である。自分のしたいことをして、よっぱどではない、例えばそう・・・彼女が言う「先輩」のような人間ではない限り、彼女は他人には左右されない。そしてそれが彼女という人間だと判断していたおれとしては、この質問に違和感を感じて仕方がなかった。そう、彼女らしくなくて、釈然としない。あぁでも、もしかしたら熱を出しているせいかもしれない。
「聞いて・・・どうしたいんだ」
「・・・自分が力不足であるなら・・・考えなくては、ならない・・・と、思いまして」
さっきの色恋の話で、どうしたいのかと聞いたときには恐ろしいくらい何も思っていなかったくせに、こういうときばかり彼女の瞳は強くて。しかしそこに浮かんだ笑みは熱のせいか少し頼りない。
「・・・・・・おれが充分だと言えば、お前は満足なのか」
「あなたが本当にそう思うなら」
「・・・そんなことを気にするなんて、珍しいな」
「そうですか・・・?」
「お前が他人に対して、そんなことを気にするとは思わなかった」
「・・・そう、ですか・・・」
思ったことをありのまま伝えれば、彼女は少しだけ悲しそうに語尾を下げた。それが何故かよく分からなくて、眉を寄せる。そんなおれを見て彼女は、熱にうかされるように「ふふ」と、柔らかく、けれど覚束無く笑って。
「ねぇローさん。私にはもう、ローさんが他人じゃないって言ったら、怒ります?」
そういって「ふふ」とまた笑う彼女は、悪戯げにこちらの様子を窺うようだった。言われた言葉の意味を理解した途端、おれは息を詰まらせていて。心臓がどくんとひとつ音を立てて、あぁ揺さぶられたんだと、そう、直感した。けれどおれはそれを悟られたくはなくて、努めて平静を装って静かに言葉を発していた。
「・・・怒る理由がねェ」
「そうですか・・・?」
「なんで疑問系なんだ」
「いやぁ、勝手に親しくなった気でいたら、悲しいじゃないですか・・・」
「・・・・・・」
「・・・ってそこはなんも言ってくれないんですね!」
笑いながら「ツンデレか・・・!」と言われた意味がいまいち分からないが。おれは、彼女と親しくなったのだろうか、なんていう真面目に取り合うには少しばかり気が引けることを、それでも面と向かって考えてしまっていた。長くはない、けれど短くはない日数を彼女と過ごしている。それに伴って情がわいているのかと聞かれれば、おれはうまく答えることが出来ない気がした。否と言うには、過ごした時間は長く、距離は近い。しかしだからといって是と言うには些か、過ごした時間は短く、距離は遠い。それでも他人と言うには近い距離は、しかし他人ではなかったらなんというのだろうか。いまいち中途半端で、はっきりとしない。自分でもよく把握できないのが歯痒くて、でも他人だろうと言えば、彼女が悲しそうにするだろうというのだけは目に見えてしまって、その事態は避けたいと思う自分がいる。
「・・・・・・他人だと、言ったことは悪かったよ」
「ふふ・・・まぁ、分かってくれたんならいーですよ」
苦し紛れのようにそう呟いていた。けれどそれに幸せそうに、満足そうに笑う彼女を見て、自分も笑ってしまったものだから、ああおれも、大概であったのかと。
そうしてきっとおれは、そのうち他人という枠に彼女を収めることが出来なくなるのだ。


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いやローさんそれつまり友人ですって。・・・ってな感じで船員や敵、もしくは同盟(・・・といっても麦わらが初めてだろうけど)以外の人間をどうカテゴライズすればいいのか分からないローさん(笑)ハイスペックなのにその辺は疎い。でもちゃんと気づくと思うよ!でも気づいたときにはもっと関係が進んでいたりしてね!なんてね!←
あと「その事態は避けたいと思う自分がいる」とは思うのに「彼女に悲しまれるのは嫌だ」には辿り着けないローさんも良いと思います←(まぁ現実的に言うと彼女の機嫌を損ねると面倒というので避けたいというのがあり、妄想的に言うと彼女の存在が大きくなっているのを無意識でも認めたくなくてわざと思考するのを避けているという感じです)はやく辿り着いてくれローさん。(え