泥濘に足を取られまして
16

風邪を引いて数日、体調は順調に回復し、私はいたっいていつも通りの復活を果たしていた。
「この度は大変ご迷惑をおかけしました」
「・・・気にしなくて良い。お前には借りがあるからな」
「いやぁでも、間違いなくお手を煩わせたのは確かなので」
「・・・・・・お前、」
「何かしたいんですけど何がしたいですか!!」
「口実が欲しいだけだろ・・・」
ハァと呆れたようにため息を吐いたローさんには、私のことはお見通しであるらしい。先日傷心旅行を取りやめてしまった私はつまり、端的に言って暇だった。もっと言えば風邪で寝込んで何も出来ない状況だったために、何かしたい欲求が限界まで来ていた。ローさんには旅行に行く予定であったことを伝えてはいなかったが、彼が暇をしているときにパンフレットを漁っていたときがあったので、たぶん薄々だが感づかれているような気はしている。ただ、もうそのときに取りやめることは決めていたので旅行には行かないとは断言もしていて、だから彼は私が長期の休みで暇を持て余していることを知っているのだ。
ローさんの言葉を待っていると、彼はぽつりと呟いた。
「・・・・・・海に・・・」
「・・・外出は却下と申したいところでございますが他ならぬロー殿の頼みであるとなれば聞かぬわけには参りませぬな」
「色々鬱陶しいから止めろ」
「辛辣!」
人間暇が昂じるとねじが飛ぶらしい。自分でも些かテンションの高さがおかしいなと自覚してはいるのだが、悪ふざけくらい許して欲しいと思う。しかし明白におれを巻き込むなという雰囲気はありありと伝わってくるので苦笑した。
元々出不精であった自分は、旅行に行けなくなっても別段惜しくもなかったので取りやめはあっさりと実行してしまったのだが、なるほど海に行きたい、か。
「・・・この世界の海は、どんなもんか興味がある」
「うーん、・・・近場の海だとあまり自慢できるようなもんじゃあないですよ?」
綺麗っちゃあ綺麗だろうが、たぶん彼の世界の海のほうが綺麗じゃないかと、話を聞いた限りだが私は思っていた。それでもまぁ、彼は海に行きたいというだろう。何しろ海賊だし。いやでも、ローさんにも恋しいと思う感傷があったりするのだろうかと、ちらりとそんなことを考えた。だけど、彼がそんな風に思っているところはいまいち想像し難くて、何しろ彼は、そういう感情を表に出すことを全くとっていいほどしないのだ。それはきっと彼が船長であるというところに由来していて、そのポーカーフェイスは完璧だった。まぁでも、珍しく彼が言い出したことでもあるし、なにかしら思うことはやはりあるのではないかとも考える。
だったら、行くのは早い方が良いだろう。それになにしろ、私が退屈で仕方ない。
「じゃあまあ明日にでも行きますか」
「・・・・・・・・・もう好きにしろ」
ため息を吐いた彼に「ではお言葉に甘えて」と私は笑ったのである。


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