泥濘に足を取られまして
18

海に来て彼の瞳を見たとき、彼に感傷に浸るような部分があるのか、なんて思っていた自分は馬鹿であったと思い知った。
彼は目を細めて懐かしそうにぼんやりと海を眺めていて、その姿に不意に胸が締め付けられたようであった。彼には帰る場所があって、そしてそこに帰りたいと望んでいる。だから私は、らしくもなく帰れますよ、と言ってしまった。言わないと決めていた、言おうとは思っていなかった言葉だったのに、彼を見ていたらどうしても言いたくなってしまった。帰れる確証なんてないのに、彼には慰めなんて要らないだろうに、そんなのは分かっていたのに。それでも彼が居るべき場所に帰れればいいと思った。それで自分が寂しいと感じてしまうかもしれなくても、だ。
なんとなく感傷に浸らせてあげたいなと、彼をひとりにした方が良いかなと思って、適当な理由をつけてその場を離れた。戻ったときに変に思われないようにちゃんと自販機を探して、ジュースを購入する。ガコンと缶が落ちる音がして、ふうとため息を吐きながらしゃがんでそれを取った。まだ10分と経たないが、もう少し時間をつぶした方が良いか、それとも戻ろうか。地面に視線をやりながらそんな風に考えていたときだった。
「ねぇお姉さんひとり?」
落としていた視線を上げると、目の前で3人組の男が笑っていた。声をかけてきたのはそのうち真ん中に居る人間で、私は考えるよりも早くなんてベタな・・・と呆気に取られていた。
「ね、これからお茶しようよ〜」
「おれら今暇でさぁ」
暇ってああそりゃあ私に声かけるくらいだもんな、とどこか他人事のようにそれを聞き流す。ナンパなんぞ久しく遭っていなかったが今の私なんかでも引っかかるのかと妙に感心しているところだった。無視をして、というよりも呆気に取られて言葉を返せないでいると「ねぇ聞いてんの〜?」と男が言ってくる。それにどうしたものかと思案しながら「ああいえ、一緒に来ている人が居るので・・・」と当たり障りなく返したが、それがいけなかったのかもしれない。
「えー? 友達? じゃぁ一緒に行かない?」
「あー友達・・・なのかな?」
「違うの? まぁいいけどさ、ほら行こうよ」
「いやちょっとそれは困るというか」
流されそうな展開に慌てて「人を待たせているので」と身を一歩引く。しかしそれに合わせて彼らも一歩を踏み出す。あぁこれは困った事態になったなぁとやはりどこか他人事のように考える自分は危機感があまりないのかもしれないが、それでも早いうちに撒いてしまわないと、と言葉を探す。しかしもう一歩身を引こうとした瞬間、がしりと腕を掴まれた。っておおっとこれはさすがにまずいような。
「なに、警戒してんの?」
「大丈夫だって〜お茶するだけよ」
「おれら怪しくないからさー!」
まぁ自ら怪しいと明かすような阿呆はいないよなとまた妙にベタな言葉に感心する。しかし振りほどこうにも意外に腕の力が強くて振りほどけない。この辺でようやく厄介なことになったと警鐘が鳴った。飽きもせず「まぁ仲良くしようよ〜」なんて言われたって鳥肌が立つだけである。止めてくれ。しかし「止めてください」と強めにいったところで「まぁまぁ」なんて宥められて苛立ちが募る。なんで私が宥められてんだよ。と思うが事態は一向に好転しないどころか悪い方に向かってる気がしてならない。あぁもうとぐっと力を込めるがそれ以上にぐいっとひっぱられてさらに距離が縮まってしまった。ああやってしまったと思う間もなくその勢いのまま引っ張られて連れて行かれそうになる。おいおい冗談じゃない、とこれはもう大声を出すしかないかなと腹を決めようとしたときだ。
ぐん、と引っ張られていた腕よりも強い力で後ろに引き寄せられて、何が起こったのかと脳が理解するよりも前に腰に手が回って。よく通るテノールが、私の耳元で静かに響いていた。
「・・・テメェら、おれの女になんの用だ?」
つまり今、私は後ろからローさんに抱きしめられている。それを、言われた言葉と同時に理解した瞬間、私はいろんな意味で硬直した。様々な考えが駆け巡って、すごくベタなセリフだなぁとか、笑えてしまうくらいベタな展開だなぁとか、それでもローさんはさまになっちゃってほんとカッコイイなぁとか。
でも一番最後に行き当たった考えにああ、私は何を思っているのだろうと自嘲してしまって。どうして、私はそんなことを思ってしまうのだろう。
「おれの女に用があるなら、・・・キザまれても文句は言うなよ?」
どうして、彼は異世界の人なんだろう、なんて。


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どうしたらきゅんとしたりニヤニヤするような文が書けるのだろうか。
あとやっぱり海といえばナンパ→救出がベタだよね!!・・・どうせベタが好きだよ・・・(・・・